『やだ、なにそれ。認知症の始まりとかじゃないわよね?』
 私からの報告に、あやめ姉さんが言う。
 もしそうだったら……という不安から『認知症』という言葉を思考から追い出していた私と違い、姉さんはきっぱり言う。
 子供の頃、散々理不尽を押し付けられ悔しい思いをしたけど、こういう時、姉はやっぱり姉なのだ。
 テキパキ考えを進めていく。
 そして次に『桜子には話したの?』と、声を潜めて聞く。
「まだ。桜子じゃあてにならないし」
 誰かに聞かれる心配なんてないのに、つられて私の声も小さくなる。
「そうね。桜子に話すのは、ハッキリしてからでいいわ」
「だね」
 その言葉に頷いていると、姉は「あんた、様子見てきてよ」と、続ける。
「えっ! なんでよ」
 私が『ズルい』って反論するよりも早く、姉は『私は子供がいて移動が大変なんだから』と付け足してきた。
 電話の奥では、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「じゃあ、日曜日に行ってくる」
 しぶしぶ私がそう言うと、姉は、『日曜日なの?』と、声を尖らせた。
『日曜日ってことは、日帰りで済ませるつもり? そういう異変て、二、三日様子見ないとわかんないじゃないの?』
 そう言って黙りこむ。
 姉のその無言の圧に負けて、私は有休を取って金曜日から日曜日の三日間、里帰りすることになったのだ。