家に帰ると桜子は姉に買ってもらったお土産だと言って、私にケーキの箱を差し出した。
「今日、五千円以上使っていたよ」
 ケーキを食べるために紅茶を淹れていると、ふいに桜子が言う。
「なんのこと?」
 唐突な言葉の意味を理解できずにいると、桜子は、姉がランチ代で五千円以上使ったのだと説明してくれた。
「私も、さすがに一万円はしないけど、これけっこう奮発したんだから」
 そう言って桜子が箱から取り出したケーキは、マスクメロンをふんだんに使った豪華な逸品だ。
 それでもなにを言われているのかわからずにいると、桜子は妙に大人びた口調で言う。
「だからもう拗ねちゃだめだよ」
 そこまで言われて、やっと桜子の言っている金額が母の誕生日プレゼントの私たち三姉妹の差額の話だと気が付いた。
 桜子は、箱から取り出したケーキを皿に置く。そしてその隣に、缶から取り出した黄色いドロップスを添える。
『あやめちゃんの好きな味のドロップをあげるから、キゲンをなおしなよ』
 桜子の指先から、そんな声が聞こえてくる。
 そういえば桜子が家出をするときは、私と姉が喧嘩したときや、母と祖母との間にピリピリとした緊張感が満ちているときばかりだったような気がする。
桜子が家出をすると私たちは、それまで喧嘩したりしていたことなど忘れて、皆で桜子を探していた。
 そして一人が淋しくて泣いている桜子を見付けると、心から安堵したものだ。
 夕闇の中で街灯の光に浮かび上がる小さな桜子の泣き顔を思い出しながら、黄色いドロップを摘まんで口の中に放り込んだ。
「私、黄色じゃなくて赤のイチゴ味が好きなんだけど」
「知ってるよ。でももうないの」
 ドロップ缶を鳴らす桜子は、嬉しそうにそう答えた。
 姉に隠れて黄色いドロップを私にくれたように、私の好きな赤いイチゴ味のドロップは姉にあげていたのだろう。
 黄色いドロップを口の中で転がすと、歯に当たってカロカロと軽やかな音が鳴った。