姉の理不尽に文句を言いつつ、桜子に母の誕生日プレゼントのことを話したけど、別に絶交したわけではない。
 うまく質問をかわされてしまった。
「おじゃまします」
 私が玄関のドアを開けると、桜子は洗面所で手を洗い、当然のようにキッチンスペースに向かう。
「ご飯、なにか作るね」
 そう言って、我が家の冷蔵庫を遠慮なく漁る。
「たいしたもの入ってないわよ」
 一人暮らしだと、消費しきれない食材のロスや、作る手間を考えるとコンビニ弁当の方がらくなのだ。
「わ、本当になにもない」
 着替えるために寝室に向かう背後で、桜子のそんな声が聞こえた。

 それでもしばらくすると、桜子はリビンスペースのテーブルに、あんかけ焼きそばらしきものと、中華スープを並べた。
「ウチ、焼きそばの麺なんかあった?」
 桜子が持参したのだろうか?
 私の質問に首を横に振って、桜子は「インスタントラーメン使ったんだよ」と教えてくれた。
 硬めに茹でてごま油で焼き色を付けたものに、備蓄してあったレトルトの中華丼をかけただけだと言う。
 そして余ったラーメンのスープをお湯で溶かし、少量のごま油と溶き卵を落として、スープにしたのだという。
「なるほど」
 楽をするために備蓄してあるインスタント食品に手間を加えようなんて、考えたこともなかった。
 堅焼きそば状態になっている麺をほぐしながら感心する。
 中華あんを絡めて食べると、麺に弾力があり普通に食べるときとは全然違う味がして美味しい。
「食べるは、生きることの決意表明なのだよ」
 一緒にご飯を食べる桜子が言う。
「なにそれ?」
「昔、旅先で寄った居酒屋さんのおじさんに言われた」
 そう言って、桜子はマグカップに入れてあるスープをすする。
「なにそれ?」
「いろいろあるんだよ」
 短く言い返して、桜子はまたマグカップに口をつける。
 瞼をふせてカップに口をつける桜子の横顔は、よく知っている妹じゃないみたい。
「なにかあったの?」
 あんかけ麺を半分ほど食べたタイミングで、もう一度聞いてみた。
 だけど桜子は、私の質問に聞こえないふりで、テレビのチャンネルを変えながら食事をする。
 自立した家族は、磨り硝子の向こう側に行ってしまう。
 どこにいて何の仕事をしているのかちゃんと把握しているのに、何をしているのかは磨り硝子の向こう側のようにちっとも見えてこない。
 その不確かな感じが、おいてけぼりをくらったようで少し寂しくなる。