「……なんで、そこまでして僕と関わろうとするの?」
カミサマの後頭部に目を落としながら、僕は鏡宮に尋ねた。
「私がそうしたいから……じゃ、ダメかな?」
「だから、なんで?」
僕は少しだけ語気を強めて問う。
「僕がクラスで浮いているのは、キミだってもうわかってるだろ? 僕は友達のいない孤独な人間なんだ。もともと僕は一人でいるのが好きだし、クラスで浮いてたって何も気にしない。キミに話しかけられたって、僕は嬉しくも何ともないよ」
我ながら最低な言葉だな、と思う。
でも、ここまではっきりと言えば彼女も今度こそ諦めてくれるかもしれない。
「……そうだね。刀坂くんは、私と一緒にいたくなんかないよね」
どこか寂しげな声が頭上から降ってきて、僕は胸の奥がチクリと痛んだ。
けれど。
「でも私は……刀坂くんと一緒にいたいな」
その言葉に耳を疑い、僕は再び顔を上げた。
鏡宮は僕の隣にしゃがみ込むと、煮干しを食べ終えたカミサマの方へ手を伸ばし、そのボサボサの頭をそっと撫でた。
「昨日、ここで刀坂くんを見つけたときにね。なんだか少しだけ、私と似てるなって思ったの」
「……え?」
どういう意味? と聞こうとしたとき、急に鏡宮がこちらに顔を向けた。彼女の綺麗な形をした瞳が、至近距離から僕を見つめてくる。
僕はなんだか気恥ずかしくなって、慌てて目を逸らした。
「私もね。引っ越してくる前は、こんな感じの小さな神社でいつも一人でいたの。少し前から、友達とあんまりうまくいってなかったから」
「……そう、なんだ」
意外だな、と思った。
鏡宮は見た目も可愛いし、性格も明るい。人見知りもしないみたいだし、周りの友達とはうまくやっていけそうな気がするのに。
「私ね。前の学校にいるときに、野良猫ちゃんにケガをさせたことがあるんだよ。事故とかそういうのじゃなくて、こうやって刃物で切りつけて」
「えっ?」
淡々と発せられたその言葉に、僕はどきりとした。
すかさず彼女の方へ視線を戻すと、彼女はすでに僕から目を離し、カミサマの後頭部を静かに見下ろしていた。
刃物で切りつけた——その話から僕が連想したのは、先ほどクラスの女子たちが話題にしていたあのニュースだった。複数の野良猫が、刃物のようなもので切りつけられていたあの事件。
(まさか、本当に鏡宮が……?)
鏡宮はカミサマの頭を撫でながら、時折、親指と人差し指の腹を使って耳をぴこぴことさせる。癖なのだろうか。この動きは昨日もやっていたような気がする。
「刀坂くんも、ニュースで一度くらいは見たことがあるでしょ? 猫の切りつけ事件。あれの犯人、私なんだよ。私がこっちに転校してきたのも、それが理由。あの事件があってから、それまで仲良くしてた友達もみんな私のことを避けるようになっちゃってさ」
「……本当に、鏡宮がやったのか?」
改めて僕が聞くと、彼女は手元に目を落としたまま「うん」と小さく頷く。
僕はまるで信じることができずに、彼女の白い指先を見つめていた。
彼女のカミサマを撫でる手つきは、いかにも猫の扱いに慣れているそれだった。まるで猫の気持ちがわかっているかのように、触って欲しそうな所を的確に撫でている。
いつもはふてぶてしく僕と一定の距離を取るカミサマも、彼女にだけは珍しくされるがままになっている。そんな姿を見ていると、まるで彼女が猫を殺せるような人間だとは思えない。
「何かの間違いじゃないの? 僕には、鏡宮がそういうことをするような奴には見えないけど」
僕は思ったままのことを口にした。
すると彼女は、
「……本当に、そう思う?」
そう、わずかに声を震わせて言った。
「え?」
なんだか様子がおかしい。
僕が訝しんでいると、彼女は再び顔を上げ、僕の方を見た。
その目尻には、大粒の涙が浮かんでいた。
「鏡宮……?」
彼女が、泣いている。
「ど、どうしたんだ? 僕、何かまずいこと言った……?」
突然のことに、僕は慌てた。
「ううん。違うの。ただ……そんな風に言ってもらえるとは思わなくて」
彼女はその細い指で涙を拭うと、目元を赤くさせたまま、くしゃりと笑って言った。
「あのね。本当はね、犯人は私じゃないの」
「えっ?」
またもや新しい事実を突きつけられて、僕は混乱した。
「どういうこと? だってさっきは……自分が犯人だって」
「本当はね、私じゃないの。でも周りのみんなは私が犯人だって言ってた。犯行現場を見た人がいるって噂になってて。……私が否定しても、誰も信じてくれなくて」
それを聞いて、僕はハッとした。
冤罪だ。
無実の人が濡れ衣を着せられて、それが真実だと世間に浸透してしまうこと。
「本当はね、私じゃなかったんだよ。でも……みんなが私だって信じ込んだら、それが真実みたいになっちゃって……っ」
そこまで言ったとき、鏡宮はついに堪えきれなくなってポロポロと涙を零した。両手で顔を覆い隠し、肩を震わせ、小さく嗚咽を漏らす。
「鏡宮……」
恐ろしい話だった。
信じる人が多ければ、それが真実として扱われる。たとえ、それが真っ赤な嘘だったとしても。
——夢でも見たんじゃないのか?
不意に、十年前の父の言葉を思い出した。
僕が大好きだったあのお姉さんは、現実には存在しなかった——そんなはずはないのに、両親はそれが真実だと言って、僕の声に耳を傾けてはくれなかった。
誰にも信じてもらえない真実は、嘘偽りだと決めつけられてしまう。
そしていずれ、嘘と真実は逆転してしまう。
誰にも信じてもらえない。
鏡宮のその苦しみは、僕と同じだったのだ。