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 段々と冷静になってきた頭で、我ながらあれはないよな、と思った。
 他にやり方はいくらでもあったはずなのに、なんてザマだ。

 つい勢いで教室を飛び出してきてしまったけれど、あの後のクラスの空気を想像するだけで鳥肌が立つ。

 僕は勢いのまま、いつもの神社へと辿り着いていた。
 相変わらず誰もいない寂れた境内。その真ん中で、僕は制服が汚れるのにも構わず、地べたに座り込んでいた。

「ねえ、カミサマ。僕は……やり方は下手くそだったけどさ。でも、間違ってはなかったよね?」

 返事はないことを理解しつつ、ほとんど独り言のように呟く。

 カミサマは僕に背を向けたまま、相変わらずボサボサの体毛を舐めていた。今日はどうやら僕の相手をしてくれる気はないらしい。それもそのはず、いま僕は煮干しを持っていないのだ。

 さっきのことで、僕はまだ昼休みだというのに学校を飛び出してきてしまった。弁当箱の入ったカバンも教室に置いたままだ。

 今ごろ、僕のいない教室ではきっと何事もなかったかのように午後の授業が始まっているだろう。
 それ自体は別にどうだっていいのだけれど。

(鏡宮には、嫌な思いをさせただろうな……)

 それだけが気掛かりだった。

 僕に構うな、だなんて。
 いきなりそんなことを言われて、気分を悪くしないわけがない。彼女には本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。

 けれど結果的にはきっと、これで正解だったのだ。
 彼女がクラスの中でうまくやっていくためには、僕のような人間とは関わらない方がいい。そして、彼女を僕から遠ざけるためには、僕の方から離れるしかなかった。
 きっと今ごろ、教室内では僕への非難の声が飛び交い、可哀想な鏡宮は優しいクラスメイトたちに慰められているだろう。

 少々荒いやり方ではあったけれど、間違った行動ではなかったはずだ。
 だからこれでよかったのだ。
 そう思うのに。

「……はぁ」

 なんとなく気分が沈む。

 らしくないな、と自分でも思う。
 あのお姉さんのこと以外で、こんなにも落ち込むのは本当に珍しい。
 この期に及んで、なぜ僕はこんなにも、鏡宮のことばかり考えてしまうのだろう。

 ——私なら信じるかもしれないよ。

 ふと、昨日ここで彼女が言っていたことを思い出す。

 僕の話を信じるかもしれない、と彼女は言っていた。
 今まで誰にも信じてもらえなかった僕の話を。
 受け取り方は人それぞれなのだから、話す前から諦めるのはもったいないと。

 ——面白がるわけないよ。だってキミ、すっごく辛そうな顔してるもん。

 僕の話を、彼女は真剣に聞こうとしてくれていた。
 そんな彼女に対して僕は、もしかすると、何か期待のようなものを抱いてしまっていたのだろうか。
 たとえ正直に話したところで、本当に信じてもらえるはずなんてないというのに。

「……ほんとに、どうかしてるな」

 そう、力なく呟いたとき。
 それまで毛づくろいに夢中だったカミサマが、ぴくりと片耳を立てて、ふっと顔を上げた。その視線は神社の入口——色褪せた鳥居のある方へと向けられている。

 釣られて僕もそちらを見ると、鳥居の足元には一人の少女が立っていた。
 濃紺のブレザーに赤いチェック柄のリボンとスカート。肩下まで伸びる髪はさらさらで、頭上から降る木漏れ日に照らされている。
 その姿に、僕は目を丸くした。

「……鏡宮」

 彼女だった。

 僕は座った姿勢のまま、首だけをそちらに向けて固まっていた。
 なぜ、彼女が今ここにいるのだろう。
 授業はどうしたんだ?

「刀坂くん。やっぱりここにいたんだね」

 彼女は少しだけ息を切らしながら言った。その華奢な両肩には、それぞれ学校のカバンが一つずつ提げられている。

「えへへ。カバン忘れてったでしょ? 届けに来たよ」

「なんで……」
 
 相変わらず明るい笑みを浮かべている彼女の顔を、僕は呆然と見つめていた。

「どうして……。僕、さっきはあんなことを言ったのに」

 僕に構うな、だなんて。
 あんな冷たい言葉を浴びせてしまったのに。

「ごめんね。私、あんまり空気とか読めないからさ。また、怒らせちゃったよね?」

「いや……」

 別に本気で怒ったわけじゃない。
 ただ、そう思わせておいた方が都合が良かったのだ。
 あれだけはっきりと拒絶しておけば、彼女はもう二度と僕に近寄ってくることはないと、そう思っていたのに。

「ほんとにごめんね。余計なことをしてるのはわかってるの。でも……なんだか放っとけなくて」

 鏡宮はそう言いながら、僕の方へと歩み寄ってくる。
 カミサマは煮干しの匂いに気づいたのか、のっそりと身体を起こして、鏡宮の持つカバンに鼻先を寄せた。

「ふふ。刀坂くんのお弁当、狙われてるよ」

 僕は彼女からカバンを受け取ると、弁当箱から煮干しを取り出してカミサマに与えた。相変わらず、餌をねだる時だけはこいつも僕にすり寄ってくる。