◯
翌朝。
いつものように一人寂しく登校した僕は、毎度おなじみ朝のホームルームが始まると、その場の光景に呆気に取られた。
「今日は転校生を紹介する」
黒板の前に立つ担任教師の隣には、見覚えのある女の子の姿があった。
穏やかな微笑を浮かべているその顔を見て、僕は息を呑む。
肩下まで伸びるサラサラの髪。濃紺のブレザーに赤いチェック柄のリボンとスカート。まごうことなき我が神木高校の制服を纏ったその子は、まさに昨日神社で会ったあの女の子だった。
(うそだろ。本当に……?)
何かの冗談かと思った。
けれど彼女は黒板に自分の名前を書き終えると、改めてこちらを振り返り、明るい声で言う。
「はじめまして。岩倉高校から転校して来ました。鏡宮那智といいます。よろしくお願いします!」
言い終えるのと同時に、彼女はニコッと屈託のない笑みを浮かべてみせた。
その眩しい笑顔に、教室中がざわめき始める。
けっこう可愛くね? なんて声があちこちから聞こえてくる。
そんな周りの反応を見て初めて、僕は彼女が『可愛い女の子』であることを理解した。
今まで人の顔の美醜なんてあまり気にしたことがなかったけれど、言われてみれば確かに、彼女の顔は整っている。目はぱっちりと大きくて、まつ毛も長い。鼻筋もスッと通っている。
この顔であんなキラキラとした笑顔を振りまくのだから、周りの男子たちが色めき立ってしまうのも無理はない。
可愛い転校生が来た——と、一時間目の授業が終わる頃には、SNSのグループを通して学年全体にウワサが広まるほどだった。
◯
「ねえねえ! キミ、昨日あの神社で会ったよね?」
話題の転校生、鏡宮那智はあろうことか、休み時間になると真っ先に僕の席までやってきた。そうして開口一番、昨日の神社でのことを話し出す。
「あ、いや。ここでその話は……」
多くのクラスメイトたちの視線が集まる中で、あの神社のことを話題にするのはやめてほしかった。
あの場所は僕にとって唯一心安らげる場所であり、十年前に消えてしまったあの人を待つ神聖な場所でもあるのだ。
けれど彼女はそんな僕の思いなど知る由もなく、
「えっと、刀坂社くん、だよね? えへへ。さっき出欠取ってたときに覚えちゃった!」
朗らかな笑みを浮かべ、相変わらずの調子でぐいぐい話しかけてくる。
僕は無言で顔を逸らしながら、内心焦っていた。
頼むから今は話しかけないでほしい。
ただでさえ注目を浴びている彼女に絡まれれば、クラスメイトたちは自然と僕に意識を向けてくる。
いつものように一人で読書をして平穏に過ごしたいと思っている僕にとって、彼女はいま一番関わりたくない相手なのだ。
けれどそんな僕の焦りもむなしく、僕らの周りにはぞろぞろとクラスメイトたちが集まってくる。
「なんだよ刀坂。お前いつのまに鏡宮ちゃんと仲良くなったんだよ?」
抜け駆けなんてずるいぞ! とでもいうように、爽やかな笑顔で話しかけてきたのはクラスの人気者、榊くんだった。
彼に続いて、他の男子たちもそうだそうだと口々に僕を茶化す。
普段ならこんなことは絶対にありえない。それだけこの可愛い転校生の影響力は大きいということか。
しかもよくよく見てみると、教室の入口の辺りには他のクラスの野次馬たちまで集まってきている。
「ねえ刀坂くん。どうしたの? 私のこと、忘れちゃったわけじゃないよね?」
ひたすら沈黙を保つ僕に、鏡宮は負けじと食い下がってくる。
やがてそんな彼女を見兼ねたのか、
「ごめんね、鏡宮さん。刀坂くんっていつもこうなの。どうか気にしないでね」
と、代わりに女子の一人が言った。
そのまま僕の席から引っぺがされるようにして、鏡宮は女子グループの方へと半ば無理やりに連れ去られていった。男子たちも自然と僕から離れていく。
その様子を見届けて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
そうだ、これでいい。
彼女のような人気者と、僕のような日陰者とでは生きる世界が違う。
僕には僕の、彼女には彼女の、お似合いの生き方というものがあるのだ。
……と、そこで終われば良かったのだけれど。
翌朝。
いつものように一人寂しく登校した僕は、毎度おなじみ朝のホームルームが始まると、その場の光景に呆気に取られた。
「今日は転校生を紹介する」
黒板の前に立つ担任教師の隣には、見覚えのある女の子の姿があった。
穏やかな微笑を浮かべているその顔を見て、僕は息を呑む。
肩下まで伸びるサラサラの髪。濃紺のブレザーに赤いチェック柄のリボンとスカート。まごうことなき我が神木高校の制服を纏ったその子は、まさに昨日神社で会ったあの女の子だった。
(うそだろ。本当に……?)
何かの冗談かと思った。
けれど彼女は黒板に自分の名前を書き終えると、改めてこちらを振り返り、明るい声で言う。
「はじめまして。岩倉高校から転校して来ました。鏡宮那智といいます。よろしくお願いします!」
言い終えるのと同時に、彼女はニコッと屈託のない笑みを浮かべてみせた。
その眩しい笑顔に、教室中がざわめき始める。
けっこう可愛くね? なんて声があちこちから聞こえてくる。
そんな周りの反応を見て初めて、僕は彼女が『可愛い女の子』であることを理解した。
今まで人の顔の美醜なんてあまり気にしたことがなかったけれど、言われてみれば確かに、彼女の顔は整っている。目はぱっちりと大きくて、まつ毛も長い。鼻筋もスッと通っている。
この顔であんなキラキラとした笑顔を振りまくのだから、周りの男子たちが色めき立ってしまうのも無理はない。
可愛い転校生が来た——と、一時間目の授業が終わる頃には、SNSのグループを通して学年全体にウワサが広まるほどだった。
◯
「ねえねえ! キミ、昨日あの神社で会ったよね?」
話題の転校生、鏡宮那智はあろうことか、休み時間になると真っ先に僕の席までやってきた。そうして開口一番、昨日の神社でのことを話し出す。
「あ、いや。ここでその話は……」
多くのクラスメイトたちの視線が集まる中で、あの神社のことを話題にするのはやめてほしかった。
あの場所は僕にとって唯一心安らげる場所であり、十年前に消えてしまったあの人を待つ神聖な場所でもあるのだ。
けれど彼女はそんな僕の思いなど知る由もなく、
「えっと、刀坂社くん、だよね? えへへ。さっき出欠取ってたときに覚えちゃった!」
朗らかな笑みを浮かべ、相変わらずの調子でぐいぐい話しかけてくる。
僕は無言で顔を逸らしながら、内心焦っていた。
頼むから今は話しかけないでほしい。
ただでさえ注目を浴びている彼女に絡まれれば、クラスメイトたちは自然と僕に意識を向けてくる。
いつものように一人で読書をして平穏に過ごしたいと思っている僕にとって、彼女はいま一番関わりたくない相手なのだ。
けれどそんな僕の焦りもむなしく、僕らの周りにはぞろぞろとクラスメイトたちが集まってくる。
「なんだよ刀坂。お前いつのまに鏡宮ちゃんと仲良くなったんだよ?」
抜け駆けなんてずるいぞ! とでもいうように、爽やかな笑顔で話しかけてきたのはクラスの人気者、榊くんだった。
彼に続いて、他の男子たちもそうだそうだと口々に僕を茶化す。
普段ならこんなことは絶対にありえない。それだけこの可愛い転校生の影響力は大きいということか。
しかもよくよく見てみると、教室の入口の辺りには他のクラスの野次馬たちまで集まってきている。
「ねえ刀坂くん。どうしたの? 私のこと、忘れちゃったわけじゃないよね?」
ひたすら沈黙を保つ僕に、鏡宮は負けじと食い下がってくる。
やがてそんな彼女を見兼ねたのか、
「ごめんね、鏡宮さん。刀坂くんっていつもこうなの。どうか気にしないでね」
と、代わりに女子の一人が言った。
そのまま僕の席から引っぺがされるようにして、鏡宮は女子グループの方へと半ば無理やりに連れ去られていった。男子たちも自然と僕から離れていく。
その様子を見届けて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
そうだ、これでいい。
彼女のような人気者と、僕のような日陰者とでは生きる世界が違う。
僕には僕の、彼女には彼女の、お似合いの生き方というものがあるのだ。
……と、そこで終われば良かったのだけれど。