「んじゃ、決まりだな!」

 榊くんは嬉しそうに言って、他の男子たちの元へ駆け寄っていく。

「みんなー! 今日は鏡宮ちゃんも参戦するぞー!」

 そう高らかに宣言した瞬間、周りの男子たちは目の色を変えて、

「うっそ、鏡宮さんも!?」
「おっしゃー! 今日は気合い入れて行こ!」
「えー。やっぱ俺も行こうかな」

 などと口々に言って盛り上がる。
 相変わらずの人気ぶりだった。やはり鏡宮も榊くんに負けず劣らずの人気者で、そんな二人がもしも今後付き合うことがあれば、本当にお似合いなんだろうなと思う。

「ねえ、鏡宮はさ。もしもまた榊くんに告白されたら、付き合うの?」

 少しだけ気になって、聞いた。
 前回の告白は、結局はなかったことになってしまったけれど。榊くんの想いは変わっていないはずなので、今後また告白される可能性は高い。

 鏡宮は「えっ」と一瞬びっくりしたものの、次第に眉根を寄せ、僕の方をじとっと睨むような顔になる。
 珍しい表情だった。いつも笑顔の彼女には似合わない、人を(いぶか)るような顔である。

「……あれ。何か怒ってる?」

 無言のまま見つめてくる彼女に、僕は内心焦った。
 何か、気に障るようなことを言ってしまっただろうか。

「刀坂くんってさ、けっこう鈍感だよね」

「へ?」

 鏡宮はわずかに唇を尖らせ、咎めるように言う。

「というより、『友達』の範囲が広すぎ! 私のこと、あんなに大事だとか一緒にいたいだとか言ってたのに、結局はただの友達なんだもん。もっとさ、人との関係性とか勉強した方がいいよ!」

 怒られてしまった。
 人との関係性をもっと勉強するべき、という彼女の訴えは、まさにその通りだと思った。
 今まで友達を作ってこなかった僕は、人の機微に疎くて、相手が何を考えているのかを理解する能力が低い。今も現在進行形で、鏡宮が一体何に怒っているのかもわからない。

「うん。なんか……ごめん」

 とりあえず謝ってみると、鏡宮はもはや呆れを通り越した様子で、ふうと溜め息を吐いた。そうして今度は困ったように苦笑する。

「ふふ。でも、まあ。そういうのも全部、これから知っていけばいいよね。時間はたくさんあるんだし、私たちはずっと一緒にいられるんだから」

 どうやら今回はこれで勘弁してくれるらしい。

 時間はたくさんある。
 だから今はわからないことでも、これから少しずつ知っていけばいい。

 僕が動けば、何かが変わる。知りたいことを知ろうとすれば、きっといつかは、僕にもわかる時がくる。

「おーい鏡宮ちゃん。刀坂も! 早く行こうぜ!」

 すでに教室を出た榊くんが、廊下の方から僕らを呼ぶ。鏡宮は「はーい!」と返事をして僕の手を取る。

「ほら、行こっ。刀坂くん」

 彼女に手を引かれて、僕らは教室の外へと足を踏み出す。
 クラスメイトたちの輪の中に入って、みんなで歩調を合わせる。
 少し前までの僕には想像もつかないような光景だった。

「おい、刀坂」

 再び榊くんに呼ばれて、僕は顔を向けた。すると彼は、僕にだけ聞こえるような声で、

「負けねーからな、俺も」

 そう言って、僕の背中を力強く叩く。

 意味深なその言動の意図は、もちろん僕にはわからなかった。
 けれどいつか、わかるかもしれない。

 鏡宮と出会って、神様に見守られて、僕の世界は少しずつ広がっている。
 きっとこれからも、僕は色んなことを知っていけるだろう。
 そんな僕の姿を、あのカミサマにもどこかで見ていてほしい。

 友達と肩を並べて歩く僕の背後で、どこからか、猫の鳴き声が聞こえたような気がした。



(終)