「よぉ。二人でこそこそと何話してるんだ?」

 と、急に横から別の声が届く。
 虚を突かれた僕らは「わっ!」と同時に驚いて、すかさず声の方へ目をやった。

「さ、榊くんっ?」

 いつのまにか隣に立っていたのは、クラスの人気者である榊くんだった。彼は相変わらずの朗らかな笑みを浮かべて言う。

「お前ら、本当に仲が良いよなー。付き合ってねーのが不思議なくらい」

「へ……」

 そんな彼の指摘に、僕と鏡宮はお互いの顔を見合わせる。
 こちらをまっすぐに見つめてくる彼女の頬が、じわじわと赤くなっていく。そんな彼女の反応に釣られるようにして、僕もなんだか体が火照ってくる。

「い、いやいや! 急に何言ってるの榊くん!」

 鏡宮は再び榊くんの方を向き直ると、顔の前でぶんぶんと手を振っていた。
 本当に何を言っているのだと僕も思う。
 だって、僕と鏡宮は友達なのだから。

「まあ鏡宮ちゃんは誰とでも仲良くできるし、モテるからなー。それより刀坂。お前は鏡宮ちゃんのこと狙ってないのか?」

「えっ。僕……?」

 鏡宮のことを。
 本人の目の前でそんなことを聞かれて、僕は変に意識してしまった。

 そりゃあ彼女は可愛いし、優しくて笑顔も素敵で、非の打ち所がない女の子だと思う。周りの男子たちが狙っているのも納得だ。

 そんな彼女と付き合う、だなんて。
 どう考えても、僕みたいな人間とは無縁の話だろう。
 鏡宮はきっと僕のことをそんな風に見てはいないだろうし、僕も僕で、自分が恋愛なんてできる人間だとは思っていない。

 けれど榊くんは、

「鏡宮ちゃんのこと、全く意識してないわけないだろ? どうなんだよ、そこんとこ。この際ハッキリさせろよ」

 どこか迫力のある顔で彼が迫ってくる。

 そういえば彼は、以前鏡宮に告白をしたんだっけ、と思い出す。
 神隠しの騒動で、結局はなかったことになっているけれど、彼が鏡宮を好きだという事実は変わらない。

 僕が鏡宮のことを好きかどうか。
 それは、彼女への想いが本気である榊くんにとって、切実な問題なのかもしれない。

「も、もういいでしょ!!」

 と、そんな榊くんを止めたのは当の鏡宮だった。彼女は先ほどよりもさらに顔を赤らめて、照れ隠しのように笑いながら言う。

「冗談も程々にしてよ、榊くん。ほら、刀坂くんだって困ってるでしょ!」

 ねっ、と彼女に嗜められてしまうと、榊くんは苦い顔をしながらも渋々引き下がった。
 そこへタイミングを見計らったかのように、教室の奥からクラスメイトの声が届く。

「榊ーっ。今日カラオケ行く? 女子も三人来るって!」

 普段からよく耳にするやり取りだった。榊くんは「おー!」と二つ返事でOKすると、再び僕らの方へ視線を戻して、

「なあ。鏡宮ちゃんも一緒に、俺らとカラオケ行かない?」

「えっ、私?」

「刀坂も、鏡宮ちゃんがいるなら来るだろ?」

「え。僕も……?」

 まさかの誘いに、僕と鏡宮は再び顔を見合わせる。けれどすぐに鏡宮は思い出したように、

「あっ、でも今日は部活動見学がしたくて。玉木さんにもさっきメッセージ送っちゃったし……」

 言いながら、彼女は手元のスマホに目を落とした。そうしてSNSアプリを開いて返事を確認すると、

「あ」

 画面に表示されたものを見て、彼女はしばらく呆然としていた。

「どうしたの、鏡宮?」

「ごめん刀坂くん。今日はお休みの日なんだって」

 苦笑しながら、彼女はスマホの画面を僕にも見えるようにしてくれる。
 メッセージのやり取りの一番最後には、玉木らしい淡白な文章でこう書いてあった。

『残念ながら、本日はオカルト研究同好会の活動はありません。あしからず』