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鳥のさえずりが聞こえて、目が覚めた。
どうやらいつのまにか眠っていたらしい。
(あれ……僕……)
僕は、何をしていたんだっけ。
何か大事な話を、誰かとしていたような気がするのだけれど。
ぼんやりとする頭で視線を巡らせてみると、そこはいつもの自分の部屋ではなかった。
というより、建物の中ですらない。
「…………へっ?」
きらきらと白い木漏れ日の降る、森の中のようだった。一瞬どこだかわからなかったけれど、寝ぼけ眼を擦ってよくよく見てみると、そこは見慣れた神社の景色だった。
僕は拝殿の前にある段差の上で眠っていた。
うたた寝でもしていたのか。
ならどこからが夢だったのだろう——と記憶を辿るうちに、あの神隠しのことを思い出す。
「そうだ。鏡宮……!」
彼女が消えた。
それを思い出して、僕はすぐさま勢いよく上体を起こした。けれど、
「……刀坂くん?」
すぐそばから、懐かしい声がした。
鈴を転がすような愛らしい声。
見ると、僕のすぐ隣で、一人の少女が同じようにして床に横たわっていた。
「鏡宮……?」
神木高校の制服を纏ったその女子生徒は、鏡宮だった。彼女もたったいま目が覚めた様子で、眠そうな瞳をぼんやりとこちらに向けている。
「鏡宮。どうして、ここに……」
彼女が、ここにいる。
なら、あれは全部夢だったのか?
神隠しが起こって、鏡宮が消えて、そしてカミサマも……。
「刀坂くん。私、戻ってこれたんだね?」
「え?」
鏡宮は体を起こそうともせず、古い床板に頬を寄せたまま、ぽつりと呟くように言った。
戻ってこれた。
それはつまり、あの神隠しは夢ではなかったということか?
「鏡宮。キミはやっぱり、一度消えてしまったのか……? この神社の神様に、連れていってほしいって願ったのか?」
僕が聞くと、彼女はわずかに目を伏せ、こくりと小さく頷いた。
やはり、あれはすべて現実だったのだ。
猫の切りつけ事件のことで、鏡宮が濡れ衣を着せられて。やっと本物の犯人が捕まったと思ったら、それは彼女の大事な友達で。
心が傷ついて追い詰められた鏡宮は、そのまま消えてしまいたいと願った。
だから神様にお願いをした。
彼女を守れなかったという後悔が、僕の胸に一気に押し寄せてくる。
「……ごめん、鏡宮。僕は、キミが一番つらい思いをしているときに、そばにいてあげられなかった。何の力にもなってあげられなかった。本当にごめん……。これじゃ、友達として失格だ」
また、涙が溢れてきた。
僕は彼女の友達なのに、一番大事な場面で彼女を支えてあげられなかった。
不甲斐なくて悔しい。
あのとき、彼女があのまま帰ってこないんじゃないかと思うと怖かった。
十年前のあのお姉さんのように。その存在ごと、この世からきれいさっぱり消えてしまうんじゃないかと思って怖かった。