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子どもの頃から住み慣れた町を、僕は隅々まで見て回った。
畑と田んぼだらけの田舎道。山の上にある新興住宅地。そこにある母校の中学。私鉄の沿線にある高校。
生まれた時からこの地域に住んでいるというのに、よくよく注意して見れば、ここはこんな風になっていたのか、と思う場所が多かった。
この十年間、僕はほとんどの時間をあの神社の境内で過ごしてきた。
狭い世界で、過去に捉われて。周りの景色をゆっくりと見渡す機会なんてなかった。
そんな僕を外へ連れ出してくれたのが、鏡宮だった。
二人で一緒に鳥居の下を潜り、太陽の下へ駆けていく。
誰かと一緒にいることがあんなにも心安らぐなんて、この十年間、僕はずっと忘れていた。
そして今、僕は学校のクラスメイトたちに支えられている。榊くんを初め、多くの生徒たちがカミサマの捜索を手伝ってくれている。
味方がいる、ということがこんなにも心強いなんて。今までの僕は知らなかった。
山の上まで続く坂道を上って、新興住宅地の方へ出る。
その途中で、見覚えのある三毛猫の姿が見えた。バス停の屋根の下で横になり、警戒心のなさそうな顔でじっとこちらを見つめている。
——かわいー! 三毛猫ちゃんだね。ちょっと太ってるかな?
前に鏡宮が触っていた猫だ。野良のようだけれど、毛艶も良くてお腹も丸々としている。おそらくは通行人たちから美味しいものを貰っているのだろう。
三毛猫はごろん、と僕の前で仰向けになって白いお腹を見せてくる。
相手をしてやりたいが、今はカミサマを探すことが先決だ。撫でくり回してやりたい気持ちをぐっと堪え、僕は前に進む。
住宅街に入ってしばらく行くと、やがて右手に中学校が見えてきた。
僕の母校。今はまだ授業中のようで、校舎のあちこちの窓から照明の光が漏れている。
——刀坂くんも、中学のときはあの体操服を着てたんでしょ? そう考えると、なんだか面白いね!
グラウンドを見て笑っていた鏡宮のことを思い出す。
どこを見て回っても、思い出すのは彼女のことばかりだった。
さらに道の先に見えてきたのは、一見普通の家に見えるカフェだった。
玉木が働いている店だ。おそらくは家族で経営しているのだろう。
今日は雨だからか、あのブラックボードの看板は出ていない。
けれど店は開いているようで、入口の扉には『OPEN』と書かれた札が提がっている。そしてその足元——透明なガラスになっている部分から、部屋の中にいる猫がこちらを見つめていた。
黒い毛並みを持つその猫は、おそらく店長だろう。
——お痒いところはございませんか、店長?
猫好きな鏡宮はこいつに釘付けで、料理を頼むのも忘れてその毛並みを堪能していた。
彼女はいつも笑っていた。
あの笑顔を見る度に、僕の心は安らぎを覚えた。
彼女の笑顔を、もう一度見たい。
そのためにも僕は、何が何でもカミサマを見つけなければならない。
しかし、どこを探してもあの白猫の姿は見つからなかった。
太陽は段々と西へ傾いて、空の色が変わっていく。
両親からは鬼のように着信があったが、僕はそれどころではなかった。また後で詳しく話すからとメッセージを送って、今はとにかく走り続ける。
やがて思いつく所は全て回り終えてしまった。仕方がないので、一度通ったルートをもう一度最初から辿ろう——と、踵を返したそのとき。不意にポケットのスマホが振動した。
すかさずそれを手に取って見ると、画面には『見つけたかも!』の文字。
クラスメイトの一人からの連絡だった。SNSのグループで共有されたメッセージ。
続けて送られてきた画像には、どこかの風景が写っていた。
全体的に暗いその写真を拡大表示してみる。そうしてそこに写っていた場所を把握した瞬間、僕は息を呑んだ。