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ガラリと勢いよく教室のドアを開けると、中にいたクラスメイトたちは一斉にこちらを向いた。
「……刀坂? どうしたんだよ、お前」
ぽかんとした表情の男子たちと、訝しげな目を向けてくる女子たち。
今は午後イチの授業中で、教壇に立つ数学教師までもが困惑した顔でこちらを見つめていた。
「みんなにお願いがあるんだ」
説明もすっ飛ばして、僕は開口一番にそう言った。
制服はまだ濡れているし、息も荒い。熱のせいで顔面もおそらく赤くなっているだろう。
今朝いきなり訳のわからないことを言って教室を飛び出した僕が、再び戻ってきたと思ったらこのセリフだ。ますます怪訝な表情を見せるクラスメイトたちを前に、僕は二、三歩ほど足を進ませて、その場の全員の顔を見渡して言った。
「猫を、捜してほしい。毛がボサボサの、白い猫なんだ。この町のどこかにいると思う」
「猫ぉ? いきなり何言ってんだよお前」
アタマ大丈夫か? とでも言いたげなジェスチャーをしながら、奥の席の男子が言った。周りの女子たちは笑いを堪えるようにして口元を隠す。
「お願いだよ。時間がないんだ」
僕ひとりで町中を探したところで、たった一匹の猫を見つけるのは難しい。だから、助けが必要だった。
みんなに協力してもらって、手分けして探せば見つかるかもしれない。少なくとも一人で捜索するよりはずっと可能性が上がる。
「いやいや。無理っしょ。授業中だし」
「つーか雨降ってるしな」
「いきなり何なの? 本当に」
困惑とともに、拒否感を露わにする生徒が何人もいた。
当然の反応だろう。いきなり訳の分からないお願いをされても戸惑うだけだし、何より、今まで友達を作ることを避けてきた僕が急にお願いしたところで、協力したいと思える人は皆無だと思う。
それまで何の関わりも持とうとしてこなかった僕が、困ったときだけ周りを頼るなんて虫の良すぎる話だ。
わかっている。
けれど僕は、今この時だけは引き下がるわけにはいかなかった。
「みんな、頼む。この通りだ」
僕はその場に跪いて、額を床につけて土下座をした。
直後、ざわりと教室中がどよめきに包まれる。
「おい、こいつ土下座してるぞ!」
「ちょっと。何事?」
「おい、動画はやめとけって」
男女問わず、あちこちから声が飛び交う。教壇の数学教師は慌てた様子で何か言っているが、何の抑止にもなっていなかった。
「おい、刀坂。頭上げろ」
と、急に頭上から降ってきたのは一人の男子生徒の声だった。
僕がゆっくり顔を上げると、すぐ目の前には榊くんの姿があった。彼は僕の前にしゃがんで、真剣な目でこちらの顔を覗き込んでくる。
「どうしたんだよ、刀坂。飼い猫が逃げちまったのか?」
「あ、いや。そうじゃないけど……」
あの猫のことを、どう説明すればいいのか迷う。正直に最初から話した方がいいのか。でもそれだと時間がかかるし、クラスメイトたちから余計に興味を失われてしまうかもしれない。
返事に窮する僕の様子を見て、榊くんは再び口を開く。
「事情はわかんないけどさ、何か困ってるんだな?」
その質問に僕が頷くと、彼は「よし!」とどこか納得したように言って立ち上がった。
「そんじゃ、ちょっくら猫探しの旅に出るか!」
言いながら、彼は気合いを入れるように腕を回し始めた。
どうやら彼は協力してくれる様子で、僕は自分から頼んだにも関わらず呆然としていた。
「え。ちょっと榊、本気で言ってる?」
「おっしゃ、俺も行こ。数学の授業おもんねーし」
「榊くんが行くなら、あたしも行こうかなー」
榊くんの一声で、クラスメイトたちは次々と僕への協力を名乗り出る。さすがの影響力だった。
数学教師はもはや諦めた様子で、おろおろと教室を眺めている。
「で、どんな猫を探せばいいんだ?」
「刀坂くん、イラスト描いてくれる? 何か特徴があればいいんだけど」
「見つけたらグループ送信で報告ね!」
榊くんのおかげとはいえ、僕の頼みを、クラスメイトたちが受け入れてくれている。
こんなのは生まれて初めてのことだった。
僕の呼びかけに、みんなが応えてくれている。
この声が、彼らに届いている。
こんなことができるなんて、以前の僕ならきっと考えもしなかっただろう。
「ありがとう……みんな」
誰かに支えてもらうということは、こんなにも心強くて、とても有り難いことなんだと思った。
そうして周りのみんなに感謝しつつ、僕は改めてカミサマの捜索を再開した。