鏡宮も前に似たようなことを言っていた。本物の神様は猫の姿になって、僕に会いに来たのではないかと。
 しかしあのボサボサの黄ばんだ猫が、まさか本当に神の化身だとは。いくら仮説とはいえ、あの煮干しをねだる姿からは想像もできない。

「私は本気ですよ。あの神社は廃社になったことで力を失い、神様もその姿を保てなくなった。そうしてあの白猫へと身をやつしたものの、その体もいよいよ年老いて朽ち果てようとしている」

 彼女の言うそれは、カミサマの死を示唆していた。
 あの白猫はどう見ても年を取っていて、この先そう長くは生きられないように見えた。

 玉木の言うように、あれが本当に神の化身だったとしたら、カミサマはこの神社と一緒に朽ち果てていく運命なのだろうか。

「神様まで、いなくなるってことか? それじゃあ、今まで神隠しに遭った人たちはどうなるんだ……?」

 あのお姉さんも、鏡宮も、そしてカミサマも。
 みんな僕を置いて行ってしまう。
 僕に思い出だけを残して、ひっそりといなくなってしまう。

「神様がいなくなってしまったら、もうどうすることもできません。私たちは、その神様と交渉する機会すら失ってしまうわけですから」

「それじゃあ、鏡宮のことも……もうどうにもならないってこと?」

 神様がいなくなってしまえば、もうどうしようもない。僕はただ運命を受け入れて、悲しみに暮れるしかないのか。
 しかし玉木は、

「いいえ」

 と、どこか確信を持ったような声で言う。

「鏡宮先輩のことは、まだ間に合うかもしれません。彼女が消えてしまったのは、昨夜から今朝にかけてですよね。神隠しが起こったということは、まだ神様は消えていないはずですから」

 神様はまだどこかにいる。
 だから間に合うかもしれない、と玉木は言う。

「でも、じゃあどうすればいいんだ? あの猫のカミサマも姿が見えないし……」

「あの白猫が本当に神の化身であるなら、あの子を探し出して、交渉するんです。あなたが神様と直接話すんです。あの神社と十年も共にあったあなたなら、可能かもしれません」

 僕が、神様に会いにいく。
 この十年間、毎日のようにあの境内で過ごしてきた僕の声なら、神様は耳を傾けてくれるのだろうか。

 カミサマに直談判すれば、鏡宮を取り戻すことができるのだろうか。

 ふと、今は何時なのだろうと考える。ベッド脇のテーブルには僕のスマホが置いてあり、それを手に取って確認すると、画面には十一時三分と表示されていた。

 神様がこの世を去る前に、僕は会いに行かなければならない。あいつを探し出して、鏡宮を返してもらう。

 タイムリミットは、カミサマの最期の瞬間まで。

「急がないと」

 そうと決まれば、ぐずぐすしていられない。僕はベッドから抜け出して、壁にかけてあった制服を手に取った。まだ濡れているが、気にしている場合じゃない。
 ふらつきながらもその場で着替えを始めた僕から視線を逸らして、玉木が言った。

「こういう時、本来なら私はあなたを止めるべきなんでしょうけど、あなたの事情を知っているので、あえて止めません。幸運を祈ってます」

「ありがとう玉木。そうしてくれると助かるよ」

「病院の隣にコンビニがあるので、カッパと懐中電灯ぐらいは買っていった方がいいと思います。それから、あなたのご両親には私の方から適当に説明しておきますから」

 何から何まで、彼女には世話をかけてばかりだった。それを改めて認識したとき、ふと疑問に思う。

「でも玉木。キミはどうして、僕にそこまでしてくれるんだ?」

 彼女は視線を逸らしたまま、珍しく何かを言い淀んでいた。
 けれどやがて話す決心をしたのか、「別に信じてもらえなくてもいいんですけど」と前置きしてから、あることを僕に語った。