◯
次に目が覚めたときには、僕は明るい場所にいた。
正面に真っ白な天井が見えて、消毒液のようなにおいがする。
「あ。やっと起きました?」
すぐ近くから聞こえたのは、女の子の声。
ぼんやりとしたまま視線だけを動かしてみると、そこに見えたのは、おさげ髪に赤縁眼鏡の少女だった。
「玉木……?」
相変わらずの仏頂面でこちらを見下ろしているのは、玉木和泉だった。
僕はどうやらベッドに寝かされているようで、辺りを見渡してみれば、そこが病院らしき場所であることがわかった。
「あの廃神社で倒れてたんですよ。覚えてます? かなりの熱があったので救急車を呼びましたけど、普通の風邪みたいですね」
淡々と述べられる彼女の言葉で、僕は現状を把握した。
どうやら僕は風邪をこじらせて意識を失っていたらしい。そしてそれを発見した玉木が救急車を呼んでくれて、病院に運び込まれたそうだ。
「まだご両親は来てませんけど、連絡はついてるようです。じきに到着するでしょうね」
言われて、自分が何人もの人物に迷惑をかけてしまったことを自覚する。
「ごめん、玉木。迷惑をかけたみたいで……」
そこまで言いかけたとき、急に激しく咳が出た。ひどい頭痛がして、思わず顔を顰める。
「無理に喋らないでください。ただの風邪とはいえ、倒れるくらいの高熱だったんですから」
「いや、これくらい大丈夫……」
言いながら、僕はゆっくりと上半身を起こした。服は看護師さんたちが着替えさせてくれたのか、甚平のような青い病衣に変わっている。
「それより、キミはどうして僕のことを見つけられたんだ? あんな雨の中で、あんな場所に用事なんてなかったんじゃないの?」
僕は確か、学校を飛び出して、あの神社へと向かったはずだった。雨の中を走って辿り着いたあの境内には、誰もいなかったはずだ。
「教室の窓からあなたの姿が見えたんですよ。ホームルームの途中で、あの土砂降りの雨の中を走っていく様子を見て、これはただ事じゃないと思ったんです。もしかしたら、あの廃神社のことで何かあったんじゃないかと思って」
「それで、追ってきてくれたってこと?」
こくりと頷く玉木。その表情は相変わらずだったが、どうやら僕のことを心配してくれていたようだ。
「……ありがとう。まさか、そこまでしてくれるなんて」
「一体何があったんですか? あんな雨の中、こんな状態で飛び出していったなんて普通じゃないですよね。もしかして、また誰か神隠しに遭ったんですか?」
聞かれた瞬間、鏡宮のことを思い出す。
昨日まで僕の隣で笑っていた彼女は、今はもうどこにもいないのだ。
そして、彼女のことはもう誰も覚えていない。おそらくは玉木も、鏡宮のことは忘れてしまっているだろう。
「……大事な人が、神隠しに遭ったんだ。昨日までずっと一緒だったのに。僕がずっとそばにいたのに、守ってあげられなかった」