◯
夜になって自室のベッドへ向かおうとしたとき、わずかに目眩を覚えた。
心なしか頭もぼーっとして、熱があるのかもしれない、と思う。
最近は何度も雨に濡れていたから、体を冷やしてしまったのか。あるいは季節の変わり目で風邪をひいたのかもしれない。
明日も学校だし、あの教室で鏡宮を一人にさせるのは心配なので、病欠するわけにはいかない。今夜のうちにしっかり眠って体力を回復しなければ。
ぼんやりとした意識のまま、ベッドに潜り込む。目覚ましをセットするためにスマホを手に取ると、画面には鏡宮から届いたメッセージが表示されていた。
何気なくそれを読もうとして、目に入ってきた文字に、一気に眠気が吹き飛ぶ。
『榊くんに告白されちゃった』
告白。
思いもよらぬタイミングでの報告だった。
あの榊くんが、鏡宮に告白したらしい。
確かに彼は彼女に好意を抱いていたようだったし、自然な流れなのかもしれないけれど。
メッセージは他にも受信していたので、僕はすかさずアプリを開いて全文を確認する。
『付き合ってくれないかって言われたの』
どくん、と胸が疼く。
詳しい経緯は書かれていなかったが、今朝のことがあって、きっと榊くんも鏡宮を心配して連絡を取ったのだろう。その流れで告白したのだろうか。
鏡宮からの報告によると、彼女はまだ返事はしていないようだった。
OKするのだろうか。
榊くんは人気者だし、鏡宮とはお似合いだろう。
きっとクラスのみんなも応援する。
(そうか……)
良かったじゃないか、と思う。
毎日僕みたいな孤独な男子とつるんでいるよりも、多くの友達に囲まれて笑顔を振り撒いている榊くんと一緒の方が、鏡宮はきっと幸せになれる。
だからこれは、吉報なんだ。
良かったじゃないか。
そう思うのに、
「……なんで……」
なぜ、僕の気持ちはこんなにも沈んでいるのだろう。
こういう時は、祝福するべきじゃないのか。
榊くんは明るくて、誰とでも仲良くなれる。それこそ鏡宮を悪く言う連中のことだってうまく言いくるめてくれるかもしれない。
彼と一緒なら、鏡宮は大丈夫。
これで良かったんだ。
だから、僕はスマホを操作して、
『良かったね。おめでとう。二人ともお似合いだと思うよ』
そう、祝福の言葉を送った。
送信が完了した途端、どっと疲れがやってきた。
今日は授業をサボってしまったけれど、朝からあんなことがあって、気疲れしてしまったのかもしれない。
早く眠って、明日に備えよう。
ああ、でも。明日は学校で鏡宮に会ったら、どんな風に接すればいいのだろうか。
人の彼女に馴れ馴れしくするのは良くないだろうし。いつものように、放課後に一緒に帰ることはもうやめた方がいいのかもしれない。
二人であの神社へ行くことは、もう二度とないのかもしれない。
寂しい、なんて、思っちゃいけない。
僕と鏡宮はただの友達で、むしろ今までの距離感が近すぎただけなのだ。
枕に顔を埋めて、瞳を閉じる。
けれどすぐに、ピコン、とスマホの受信音が届く。
画面には、鏡宮からのメッセージが表示されていた。
『それだけ?』
短い疑問文。
「え……」
どうやら僕の返信が気に食わなかったらしい。
何か言葉が足りなかったのだろうか。
それとも祝福の仕方自体が間違っていたのだろうか。
もともと友達のいなかった僕は、こういう時に相手に贈るべき言葉を勉強してこなかった。
何か返事をしなければ、と思うのに、頭がぼんやりとしてうまく思考が働かない。
とても、眠い。
やはり疲れているのか。体調が悪いのか。
一際強い睡魔の波が来て、僕の意識はそれに抗えなかった。
まぶたが勝手に下りてきて、いつのまにか眠ってしまっていた。
そうして次に目を開けたときには、スマホの時計は夜中の二時を示していた。
画面の下部には新たなメッセージが表示されている。
『例のニュース、見た?』
やはり鏡宮からだったが、僕はどうしても眠くて返事を書くことができなかった。
(また明日、学校で話そう……)
お互いの距離感は変わっても、優しい彼女はきっとこれからも僕の友達でいてくれる。
だから、また明日。
学校に行けばまた彼女に会えるということを、僕は信じて疑わなかった。