その日も、朝から雨が降っていた。

 六月の下旬。鏡宮が転校してきてから、そろそろ二ヶ月が経つ。
 梅雨の真っ只中。連日当たり前のように降り続ける雨は、じわりじわりと染み入るようにして、僕の心を擦り減らしていった。

 ——ねえ、社くんは知ってる? 雨ってね、神様の涙なんだよ。

 自宅の玄関を出て、傘を差す。頭上に広がる暗い空をぼんやりと眺めながら、僕は十年前にあのお姉さんから聞いた言葉を思い出していた。

 ——神様はね、私たちの心に寄り添ってくれるの。誰かが悲しい思いをしているときに、一緒に泣いてくれるんだって。

 優しい神様は、いつも僕らを見守っている。僕らの心に寄り添って、一緒に泣いてくれる。
 まるで子どもだましのような話だけれど、僕はそれが嫌いではなかった。

 あのお姉さんはきっと、神様の存在を信じていたのだ。
 誰にも証明することはできないその存在を、彼女は心の底から信じて疑わなかった。

 だから、()()()()()()()

 それまで毎日のように僕と一緒に遊んでいた彼女は、ある日突然、跡形もなく消えてしまった。
 あんな現象は、普通では絶対にあり得ない。何か神秘的な力が働かない限り、起こるはずがない。

 神様が連れていった。
 これ以上に納得できる方法なんて、他に思いつかなかった。

 彼女は自らの意思で、この世界を去っていったのだ。

 もう二度と戻ってくることはないのかもしれない——そう思うと、たまらず目頭の奥が熱くなって、僕はまた泣きそうになるのを堪えた。


       ◯


 教室に足を踏み入れた瞬間、その場の異様な空気に気がついた。

 やけに静まり返った室内。クラスメイトたちはすでにほとんどが登校していたが、いつもの賑やかさはどこにもない。
 そして、各所に散らばった友達グループのそれぞれが、何やら声を潜めて話し合っている。

(なんだ……?)

 彼らがチラチラと視線を送っている先には、窓際の席で突っ立ったままの鏡宮の姿があった。

「鏡宮?」

 僕がその名を呼ぶと、教室中のほぼ全ての視線が一斉に僕の方へと集まった。
 その不気味さに僕は息を呑んだが、そんな中でも鏡宮だけは微動だにせず、無言で自分の席を見下ろしている。

 なんだか様子がおかしい。
 僕は周りの視線を振り切り、ひとり教室の中を進んで鏡宮の隣に立った。
 そこでやっと、彼女はハッと顔を上げた。

「刀坂くん……」

 どうやら今この瞬間まで、彼女は僕の気配にすら気づいていなかったらしい。驚いたようにこちらを見上げるその顔は、ひどく青ざめていた。