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 その人の家は、新興住宅地の中心部にあった。住宅街の中でも特に大きく、敷地は他の家の倍以上はある。かなりの金持ちか、あるいはこの辺りの地主の家系なのかもしれない。

 重厚な造りの門の前でインターホンを鳴らすと、応答したのは中年女性らしき声だった。
 僕が緊張しながら玉木の名前を出すと、相手はすぐに理解したようで、どうぞ中へと促される。

 門は見た目の割にすんなりと開き、僕と鏡宮は互いの顔を見合わせてから、恐る恐る足を踏み入れた。
 やがて玄関扉の前まで辿り着くと、内側から入口を開けて、一人の女性が顔を覗かせた。

「いらっしゃい。早く中に入って。雨に濡れちゃうわ」

 この人が例の体験者だろうか。年は四十代ぐらいで、人好きのする笑顔で僕らを手招きする。
 僕らは傘を畳んで中へ入る。すると、玄関は土間の部分だけでも僕の自室以上はありそうな、ゆったりとした空間がそこに広がっていた。

「こっちの部屋で待ってて。すぐ母を呼んでくるから」

 と、女性はパタパタと小走りで家の奥へと消えていく。どうやら件の人物は彼女の母親であるらしい。
 僕と鏡宮は言われた通り、玄関の右隣にある部屋へと入った。

 中は応接間のようだった。ローテーブルを挟んで二人掛けのソファが向かい合わせで置いてあり、その隣にはグランドピアノが設置されている。

「すごーい。豪邸って感じ!」

 鏡宮はわずかにテンションを上げる。けれど、さすがに知らない人の家となると彼女も緊張はしているようで、いつもより声が控えめだった。

 女性はなかなか戻って来なかったので、僕らはソファでしばらく待つことになった。

「ねえ、鏡宮」

 いまだキョロキョロと部屋を見回している鏡宮に、僕は改めて声をかける。

「ん、なぁに刀坂くん?」

 彼女はいつもの朗らかな笑顔でこちらに視線を合わせてくれる。

「その……」

 良い機会だから、今のうちに言っておこうと思った。
 前々からずっと、彼女には言おうと思っていたのだけれど。

「僕は、キミがいてくれなかったらきっと、こういう機会には恵まれなかったと思う。だから、ありがとう」

 言い終えた途端、顔面がじわじわと熱くなるのを感じた。
 普段からこういったことを言い慣れていない僕はどんな顔をしていいのかわからず、彼女の目を見ることができない。
 鏡宮も鏡宮で、急に僕がそんなことを言い出したものだから、「へっ!?」と、どこか焦ったように声を上擦らせた。

「ど、どうしちゃったの、刀坂くん。そんな風に言われると私、照れちゃうよー。それに、今日ここに来れたのは玉木さんのおかげだし」

「もちろん、玉木にも感謝してる。けど……鏡宮がいなかったら僕は、今もずっと、あの神社で一人で待っているだけだったと思う。何もかも、やる前から諦めて、こうやって自分から行動を起こそうなんて思わなかったと思う。だから、本当に感謝してるんだ」

 今まで僕はずっと、自分の殻に閉じこもって、一人であのお姉さんのことを待っていた。
 彼女がいつか帰ってきてくれることを夢見て、あの場所を離れようとしなかった。

 けれど、今は違う。
 ほんの少しずつではあるけれど、僕は前に進もうとしている。

 今日のことが事態の進展に繋がるかどうかはわからないけれど。それでも、こうして鏡宮が隣にいてくれるなら、僕はきっと、いつかあの人の真相に辿り着けるような気がしている。