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六月中旬の雨の日の午後。
昼休み中に、一人の少女が教室を訪ねてきた。
「おい刀坂ー。呼ばれてるぞー」
どこからかそんな声が聞こえて、僕は弁当箱を置いた。
見ると、教室の入口には見覚えのある女子生徒が立っている。
「玉木……?」
おさげ髪に赤縁眼鏡のその少女は、玉木和泉だった。下級生であるはずの彼女が、なぜこの二年生の棟へやってきているのだろう?
呼ばれるまま、僕は席を立って彼女の元へと向かった。その脇から、「あいつ最近、妙に女っ気が多いよな」などと邪推する男子生徒の声が聞こえた。
「どうしたんだ、玉木。僕に何か用事?」
「情報があります」
彼女はそれだけ言って、いきなり本題に入る。
「あなたの通っている、あの廃神社。あそこで神隠しに遭った人を知っているという人物を見つけました」
唐突に提示されたその話に、僕は息を呑んだ。
「神隠しに……?」
「信じるか信じないかは、あなた次第ですけど」
どこかで聞いたことのあるフレーズを口にしながら、彼女は手にしていた四つ折りの紙をこちらへ差し出す。
「ここに、その方の住所と連絡先が書いてあります。もし興味があるなら、一度会って話を聞いてみては?」
僕は恐る恐るそれを受け取る。
ここに、誰かの連絡先が書いてある。
けれどこれは、安易に信用していい代物なのだろうか。
神隠し、なんて。それこそオカルト好きな人間には魅力的に聞こえる言葉だろう。
人が消えて、不思議がって、それを面白おかしく話題にする。
当事者の気持ちなんて考えたこともない人間だけが楽しめる娯楽だ。
玉木だって、オカルト研究同好会なんていう集まりの一員である以上、面白半分で僕に関わっている可能性が高い。
「……どうせ、デタラメなんだろ。こんなの。あんな寂れた誰もいない神社で、僕以外にあんな体験をした人なんて、そう簡単に見つかるはずがないし」
「信じるか信じないかはあなた次第、と言いましたよね? それに、真面目に捜せば意外と見つかるものですよ。あなたはそもそも捜そうとすらしなかった。自分から動こうとしない人が、欲しいものを手に入れられるわけはありません。私は動いた。ただそれだけのことです」
耳の痛い指摘だった。
自分から動こうとしない人間が、欲しいものを手に入れられるわけはない。
あの神社で、僕があのお姉さんをただひたすら待っている間に、世の中は十年もの月日が経ってしまった。そして僕はまだ、あのお姉さんのことについて何の手掛かりも掴めていない。
「会ってみようよ、刀坂くん」
背後から、明るい声が届く。
無論、鏡宮だった。彼女は期待を込めた眼差しで僕の手元の紙を見つめている。
「玉木さんが持ってきてくれた、またとないチャンスだもん。この機会を逃す手はないよ!」
ねっ、と彼女はいつもの笑みを至近距離から向けてくる。
だから近いって、と僕はわずかに仰け反りつつ、改めて手元の紙へと目を落とす。
「もし会われるのでしたら、私の方から先方に伝えておきますよ」
二人の少女に促されて、僕は後に引けなくなった。
僕が動けば、何かが変わるかもしれない。
この十年間止まっていた、あのお姉さんの謎について、何か進展が望めるかもしれない。
「でも玉木。どうしてキミは、そこまでしてくれるんだ?」
そんな僕の疑問に、彼女は答えなかった。当初の用件だけを済ませると、すぐに踵を返して教室を離れていく。
「行っちゃったね」
「うん……」
不思議な子だな、と思う。
こうして僕に協力してくれるのは、やはりただの好奇心からなのだろうか。
何はともあれ、その日の放課後。
僕は鏡宮と一緒に、件の人物と会う約束を取り付けたのだった。