◯
そして、休み明けの登校日がやってきた。
久方ぶりに教室へ足を踏み入れると、すでに賑やかだった部屋の中心には鏡宮がいた。
彼女の人気ぶりはもともとだが、それにしても今日は一段と彼女の周りに集まっているクラスメイトが多い気がする。
「あっ。刀坂も来たぞ!」
と、今度は室内のどこからか男子生徒の声が上がった。
途端、その場にいた全ての生徒の視線が僕の方へ集まる。
「……え?」
異様な空気に圧倒され、思わず足を止めた。
すかさずやってきた男子三人組が僕を取り囲む。
「おい刀坂。お前、鏡宮と付き合ってるのか?」
挨拶もなしに開口一番飛んできたのは、そんな言葉だった。
「鏡宮と……?」
いきなりのことに僕が戸惑っていると、それに気づいた鏡宮が教室の真ん中から声を張り上げる。
「もー! だから、付き合ってないって言ってるでしょ!」
半ば呆れたように笑う彼女の様子を見るに、この問答は今朝から何度も繰り返されているようだった。
聞けばどうやら僕と鏡宮が連休中にデートしていたという目撃情報が出回っているらしい。
確かにゴールデンウィークの初日に二人で出掛けたことは事実だが、まさか付き合っているなどと噂になっていたとは。
「実際のところどうなんだ、刀坂」
「本当の本当に付き合ってないのか?」
しつこく聞いてくる男子たちの目は真剣だった。それだけ鏡宮のことを本気で狙っているのだろう。
「刀坂」
と、さらにそこへ新たな声が届く。
やけに落ち着いた、けれど深刻さの窺えるその声の主は榊くんだった。クラスの人気者である彼は、周囲の視線を集めながらつかつかと僕の方へとまっすぐに歩いてくる。
「お前、鏡宮ちゃんのことをどう思ってるんだ?」
「……どうって」
僕の目の前で立ち止まった彼は、いつもの陽気な雰囲気はまとっておらず、どこか鋭い眼差しでこちらを見つめていた。
「鏡宮ちゃんとは本当に何もないのか? ただ仲の良い友達なのか?」
「そ、そうだよ。僕と鏡宮は、ただの友達で……」
眼前まで迫った彼の顔は真剣そのもので、まるで闘志に燃えるような目の色をしていた。
その様子に、僕は思わず息を呑む。
もしかしたら彼は、本気で彼女のことを……——。
と、そこへ予鈴が校内に鳴り響く。
それを合図に、クラスメイトたちは渋々といった様子で各自の席へと戻っていく。
榊くんも、僕の胸中を探るようにこちらの顔を見つめてから、やがて自分の席へと向かった。
僕は内心バクバクで、予鈴に感謝しつつ椅子に腰を下ろす。
鏡宮の影響力は想像以上だ。
こんな人気者に、僕みたいな人間が相手をしてもらってバチが当たらないだろうか——そう思いながら恐る恐る鏡宮の方を窺うと、彼女もまたこちらを見ているのが目に入った。
彼女はニコッといつもの朗らかな笑みを向けてくる。
こっちの気も知らないで。
まるで無意識に人の心を弄ぶかのようなその人柄は、まさに魔性の女の子だと思った。