◯
夕暮れ時の帰り道。
新興住宅地から山を下りていくための坂道に差し掛かると、鏡宮はしきりに辺りを見回していた。
「あの三毛猫ちゃん、まだいるかなー? もう寝床に帰っちゃったかな?」
今朝ここで会った、人懐こい三毛猫。警戒心ゼロで白いお腹を見せつけてきたあの猫に、鏡宮はご執心のようだ。
彼女が楽しそうに猫を探している間も、僕は昼間の玉木との会話を何度も思い返していた。
——廃神社というのは危険ですよ。
あの神社は危険だ、と彼女は言っていた。
誰も管理することのない寂れた神社には、何か霊的な悪いモノが集まりやすいのだと。
——あなた自身も連れていかれるかもしれません。
無闇に悪いモノに干渉すれば、僕も連れていかれるかもしれない、と言っていた。
それはあたかも、あのお姉さんが何か悪いモノの祟りにでも遭ったかのような言い回しだった。
「ねえ刀坂くん。聞いてる?」
その声で我に返った僕は、思わず目を瞬く。
いつのまにか、すぐ目の前に鏡宮の不思議そうにしている顔があった。
「わっ! ちょっと。だから近いって」
相変わらず距離感のおかしい彼女に、僕は後ろへ飛び退く。
「大丈夫? なんだか顔色が悪いけど……。やっぱりまだ、玉木さんに言われたことを気にしてるの?」
図星だった。
そんなに表情に出ていたのかと情けなくなる。今まで友達がいなかったせいで気づけなかったけれど、僕は感情が顔に出るタイプだったのか。
「その……。鏡宮はさ、どう思う? あのお姉さんが消えた理由って、玉木が言ってたみたいに、本当に何か悪いモノに連れていかれたんだと思う?」
我ながら妙な話をしているな、と思った。
悪いモノ、だなんて。そんな訳の分からないモノを引き合いに出したところで、あのお姉さんの居場所がわかるはずなどないのに。
「うーん。私は霊感とかそういうのは無いから、よくわからないけど……」
鏡宮はぼんやりとオレンジ色の空を見上げながら、「でもね」と、わずかにその瞳を細めて言う。
「神様とか幽霊とか、たとえ人じゃなくても、憶測で誰かを悪者にしようとするのは良くないと思うの」
そんな彼女の思いに、僕はハッと気づかされる。
誰かを悪者にする。憶測で犯人を決めつける。それはかつて、鏡宮が前の学校で受けた冷たい仕打ちだった。
「それにね。私、あの神社にはまだ神様がいるんじゃないかなって思うの」
彼女は再びこちらに視線を下ろして、ふわりと笑みを浮かべて言う。
どういうこと? と僕が聞き返そうとしたとき、彼女はふと道の先に目を向けて、「わぁー!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。
「すごい。絶景だよ、刀坂くん。綺麗な夕日!」
釣られて僕も見ると、視線の先で、地平線に太陽が沈もうとしていた。
大気をオレンジ色に染めた空に、紫色の雲がまばらに浮かんでいる。
坂道の上から見下ろした景色は、夕闇に暮れていく僕らの町を一望できた。