あれから、十年の月日が流れた。
 当時七歳だった僕も今では高校二年生になり、身長もそれなりに伸びて、見た目だけでいえば大人への仲間入りも目前である。

 けれど、心はずっとあの頃に囚われたまま。

 僕は今でも、あのお姉さんの帰りを待ち続けている。


        ◯


「お前さぁ。いっつもノリ悪いよな」

 まだクラスメイトたちも残っている教室で、そんなことを言われた。

 放課後の、掃除の時間。僕がホウキで床を掃いていると、男子の一人が珍しく声を掛けてきた。これから皆でカラオケに行くけど一緒に来るか、という誘いだった。

 誘ってもらえたこと自体は素直に嬉しかったけれど、僕は断った。
 放課後はいつも、あの場所に行くと決めている。

「まあ、別に強制じゃないけどさ。たまには他の奴らとも仲良くしろよ。お前、クラスの中で浮いてるぞ」

 そう言う彼はクラスの人気者で、いつも人の輪の中心にいるような人物だった。名前は確か、(さかき)くん。
 こうして僕に話しかけてくれるのも、この教室ではもはや彼くらいしかいない。

 彼の言う通り、僕はクラスで浮いている。休み時間はほとんど一人で読書をしているし、部活にも入らず、休日に誰かと遊ぶ約束もしない。

 高校生になって、二度目の春。
 四月もそろそろ終盤に差し掛かっているが、僕には友達と呼べるような存在は一人もいなかった。

 いない、というよりは、作らなかったと言った方が正しいのかもしれない。

 榊くんのように、僕に話しかけてくれる人は今までに何人もいた。教室の隅っこで寂しそうにしている僕のことを、心配そうに気にかけてくれるクラスメイトたち。
 その優しさを無碍にして、自ら孤独の道を選んだのは他でもない僕自身だった。

 友達が欲しいと思ったことは、幼い頃なら確かにあった。
 仲良しグループを作って、毎日一緒に遊べたらどれだけ楽しいだろうかと想像した。

 けれどいつしか、そんな願望は僕の中から消えていった。

 だって、たとえ誰かと仲良くなれたところで、またあのお姉さんのように突然僕の前から消えてしまうかもしれない。
 そう思うと、僕はとても友達なんて作る気にはなれなかった。

 大事なものは、失ったときが一番悲しい。
 なら最初からそんなものを作らなければいいのだ。

 いつか失ってしまうかもしれないという不安を抱えるくらいなら、最初から何も持たない方がずっとマシだと思う。それがどれだけ孤独な生き方だったとしても。

「じゃあな、刀坂(とうさか)。次は参加しろよ」

 人の輪の中へ戻っていく榊くんの背中を、遠く見つめる。
 クラスメイトたちの楽しそうな笑い声が教室中に響いている。

 眩しくて仕方のないその光景に目を細めながら、僕はひとり「ごめんね」と小さく呟く。

 そうして掃除用具を片付けると、人知れず教室を後にした。