「気に入ってもらえたようで何よりです」
と、そこへ聞き覚えのある声が届く。
僕と鏡宮が同時に顔を上げると、カウンターのすぐ向こう側から、先ほどの店員の少女が相変わらずの仏頂面でこちらを見つめていた。
「あなた、どこかで見たことがあると思ってましたけど、転校生の鏡宮那智さんですよね」
「えっ」
不意打ちでフルネームを言い当てられて、鏡宮は目を丸くさせた。隣の僕も、これには驚きを隠せない。
「ど、どうして私のことを知ってるの?」
「そりゃあ知ってますよ。うちの学年でも噂になってますからね。二年生のクラスに美人な転校生が来たって」
どうやらこの少女も、僕らと同じ神木高校に通っているらしい。聞けば学年は一年生だというので、僕らの一つ後輩である。名前は玉木和泉。
学年の違う彼女ですら、鏡宮の噂は当たり前のように知っていた。
確かに鏡宮が可愛いのは周知の事実であるし、男子たちからモテるのもわかっている。けれど、まさかここまでとは。
「で、隣のあなたはぼっちの刀坂先輩ですよね」
間違いない。
万年クラスで浮いている僕こと刀坂社は、どうやら孤独な生徒として他の学年からも認知されているようだった。
「意外な組み合わせでびっくりしてます。まさかとは思いますけど、お二人は付き合ってるんですか?」
「つっ……!?」
まさかの言葉が躍り出て、僕は目を剥く。
「ふふふ。付き合ってるわけじゃないよー」
鏡宮は笑顔のままそう否定したが、彼女もいきなりの指摘にびっくりしたのか、ほんのりと頬が赤くなっていた。
「でしょうね。さすがに釣り合わないと思うので」
言い返す言葉もない。
これだけ人気者の鏡宮と、友達のいない僕とでは生きる世界が違いすぎる。
「それで、さっきの神隠しの話ですけど。私、オカルト研究同好会に所属してるんです。オカルト系のことにはそこそこ詳しいので、何か悩んでいるのでしたら力になれるかもしれません」
オカルト研究同好会。
どうやら神木高校内にある同好会らしいが、そんなものがあったとは。部活に興味のない僕は存在すら知らなかった。
「へぇー、オカルト研究! なんだかすごいね。ねぇ刀坂くん、やっぱり玉木さんに相談してみない? あのお姉さんのこと」
鏡宮は嬉しそうにこちらの顔を覗き込んでくる。
けれど僕は、
「いや……」
正直、気が進まなかった。
だって、あのお姉さんのことはオカルトとか、そんな安易なジャンルで一括りにしてほしくなかったから。
「同好会って、つまりはオカルト好きな人たちの集まりだよね? 人の不思議体験をネタにして、面白がってるってことでしょ。だとしたら僕は、悪いけどキミとは話したくないよ。僕のこれは、遊び半分で聞いてほしいわけじゃないんだ」
僕が感じたままのことを包み隠さずに言うと、途端に鏡宮は気まずそうな顔になる。
けれど当の玉木は、特に動揺した様子もなく普段通りの仏頂面で言う。
「まあ、言われてみればそうですね。人の体験談をネタにしているっていうのは否定できません。ただ——」
彼女はそこで一度切ると、椅子の上で丸くなっていた黒猫、店長に目をやった。
店長は何かを感じ取ったかのようにふっと顔を上げると、おもむろに体を起こしてカウンターの上に飛び乗る。
「刀坂先輩って、あの廃神社によく通ってますよね」
「え……」
廃神社。
そのワードで真っ先に思い出したのは、あの神社だった。僕がいつも放課後に向かう、カミサマの根城。
玉木は店長の黒い背中を撫でながら続ける。
「同好会の先輩たちが何度かあそこに行ったみたいなんですけど、いつ覗いても刀坂先輩がそこにいるって噂になってたんですよ。私も一度だけ連れて行ってもらいましたが、その時も確かにあなたの姿を確認しました」
どうやら見られていたらしい。
あそこに滞在している間は特にひと気は感じなかったのだが、遠くから観察されていたのか。
あんな寂れた場所で、毎日のように猫と戯れている孤独な男子生徒。一体どれだけ残念な人間として見られていたのだろう。玉木が『ぼっちの刀坂先輩』として認識していたのも、そういう経緯があったのか。
「先ほどあなた方が言っていた神隠しの件が、あの神社と関係しているのかどうかはわかりませんけれど、一応忠告だけはしておきますね。廃神社というのは危険ですよ。祀られていた神様がいなくなり、神の加護を失った神域には、悪いモノが集まりやすいんです」
悪いモノ。神の加護。
さすがはオカルト研究同好会のメンバーだけあって、スピリチュアルな発言をさらりと言ってのける。
僕はどう受け止めていいものかわからず軽く聞き流そうとしたが、それを咎めるかのように、目の前の店長が「んなー」と低い声で鳴いた。
「あなたがどういうつもりであの場所を訪れているのかは知りませんが、あまり関わりすぎると祟られますよ。下手をすれば、あなた自身も連れていかれるかもしれません。それだけは肝に銘じておいてください」