「いらっしゃいませー」

 僕らが入店すると、店の奥から若い女性の声が届いた。猫柄のエプロンを着た一人の店員がこちらへ歩み寄ってくる。

「何名様ですか?」

 アルバイトらしきその女性は、僕らと同じ高校生くらいの年齢に見える。いや、もしかしたら中学生かもしれない。
 家のお手伝いをしているのだろうか。慣れた様子で客を案内する姿は様になっているが、その顔は笑顔のカケラもない、常に仏頂面だった。

 店内にはカウンター席が四つとテーブル席が三つ。今はテーブル席に二組が腰掛けている。

「あっ。いたいた。猫ちゃん!」

 鏡宮が目を輝かせて見つめる先には、一匹の黒猫がいた。首に赤いリボンと鈴がついたその猫は、カウンター席を一つ陣取って香箱座りをしている。

「カウンターの方がよろしいですか?」

 店員の少女が聞いた。鏡宮の猫好きが伝わったのだろう。鏡宮は大いに何度も頷いて、僕らはそちらへ向かう。
 黒猫を挟んで、左の席に鏡宮、右に僕が座った。

「猫ちゃん、触っても大丈夫ですか?」

「どうぞ」

 店員の少女が水を用意している間に、鏡宮は黒猫の毛並みを堪能する。かなり人慣れしているようで、触っても逃げる素振りは見せず、むしろ気持ちよさそうに目を瞑っている。

「ふふ。大人しくて可愛い。名前は何ていうのかなぁ?」

 ほぼ独り言のように呟いた鏡宮の声に、

「『店長』です」

 と、すかさず店員の少女が答える。
 どうやら猫の名前は『店長』というらしい。

 近頃は店の看板猫として、表向きは店長とされている猫が世に増えてきている印象だが、『店長』がそのまま名前に採用されている例は珍しいかもしれない。
 まあ、『カミサマ』と良い勝負だと思うけど。

「へえー。キミ、店長っていうんだね! お痒いところはございませんか、店長?」

 店長は返事をする代わりに、鏡宮の方へ顔を向けてゆっくりと(まばた)きした。

「あっ、いま瞬きしてくれた! ねえ刀坂くん知ってる? 猫ちゃんと目を合わせてお互いに瞬きするとね、『友達』になれるんだよ」

「うん。それより鏡宮、先にメニューを決めないと」

 僕が促すと、鏡宮は「あ、そうだった!」と慌ててメニュー表を手に取る。どうやら猫に夢中になりすぎて本当に忘れていたらしい。

 僕はクラブサンドとコーヒー、鏡宮はおかず系のパンケーキとミルクティーを注文した。
 厨房の奥には五、六十代くらいの男性がいて、一人で料理を作っている。ウェイターの少女と同じく仏頂面で、もくもくと作業を続ける様子はちょっと怖い。少女の父親か、あるいは祖父だろうか。

「それで、この後はどうしよっか?」

 鏡宮が言った。
 僕は水を飲みながら、ぼんやりとこれからのことを考える。

 このままアテもなく町を彷徨ったところで、カミサマは見つからないかもしれない。
 それに、あのお姉さんのことに関しては何の情報も得られない可能性が限りなく高い。
 何か、彼らを捜し出すための指標のようなものがあればいいのに、と思う。

「このままただ歩いてるだけじゃ見つけるのは難しそうだし、周りの人に聞き込みとかしてみる?」

 聞き込み。
 鏡宮の口にしたそれは、僕にとってはかなりハードルの高い提案だった。ただでさえ人と関わることを避けてきた僕が、見知らぬ人々にいきなり声をかけるだなんて。

「それは……。カミサマはともかく、あのお姉さんのことも聞いて回るってこと? 説明が難しそうだけど……」

 気の進まない僕はそれとなく消極的な態度を示すが、鏡宮はそんな僕の胸中には気づかない様子で話を進めていく。

「お姉さんの見た目の特徴とか、何かない? 背丈とか髪型とか、どこかにホクロがあるとか」

「特徴って言っても……もう十年も前のことだし、僕もほとんど覚えてないよ。それに、あの人が今もどこかで生きているのか、それともこの世から完全に消えてしまったのか……それすらわからない状態だと、どう聞き込みすればいいのかわからないし」

「あ、そっか。お姉さんが今も存在してるならもう大人になってるだろうし、そうじゃないなら子どものままってこと? 確かに難しいね」

 うーん、と考え込む鏡宮の横から、

「あの」

 と、店員の少女が声をかけてきた。