(一度、話してみようか?)

 あのお姉さんのことを。
 鏡宮なら受け入れてくれるかもしれない。

(でも……)

 もしも鏡宮にまで拒絶されてしまったら——そう考えると、途端に怖くなってしまう。

 らしくないな、と改めて思う。
 誰かに否定されることなんて、もうすっかり平気になっていたはずなのに。

「あっ。もちろん、刀坂くんが言いたくないなら無理して言わなくていいよ。ごめんね。私、ほんとに空気とか読めないから」

 なかなか返事をしない僕を見て、何かを察したらしい鏡宮は慌てたように言った。
 そんな彼女の気遣いに、僕は段々といたたまれない気持ちになってくる。

 せっかく彼女がこちらに歩み寄ろうとしてくれているのに、僕はまた、彼女を遠ざけようとしている。
 このままでは今度こそ、彼女は僕から離れていってしまうかもしれない。

「ほんとにごめんね。私、刀坂くんの嫌がることばかりしちゃって——」

「嫌じゃ、ない」

「え?」

 僕の返事に、鏡宮はきょとんとする。

 本当は嫌じゃない。
 彼女がこうして話しかけてくれることも、笑いかけてくれることも。

 ただ、怖いのだ。
 僕と一緒にいることで、彼女もまたクラスで浮いてしまうかもしれない。
 せっかく前の学校から逃げてきたのに、こっちの学校でも周りとうまくいかなかったら、彼女はまた自分の居場所を失ってしまうかもしれない。

 けれど。

 ——でも私は……刀坂くんと一緒にいたいな。

 こんな僕と、一緒にいたいと鏡宮は言ってくれた。
 彼女ならもしかすると本当に、あのお姉さんのことも、受け入れてくれるかもしれない。
 だから、

「ねえ、鏡宮。……僕の話を、聞いてくれる?」

 震えそうになる声で僕が聞くと、彼女は、

「うん。もちろんだよ!」

 と、どこか嬉しそうに、二つ返事でそう言ってくれた。
 その無邪気な笑みに、僕は確かな安堵を覚える。彼女ならきっと、僕の声に耳を傾けてくれるのだろうと。

「……こんな話、誰にも信じてもらえないんだけどね」

 そう前置きしてから、僕は話し始めた。

 むかし、僕には友達がいたこと。
 そのお姉さんと一緒に、この神社でよく遊んだこと。
 けれど突然、彼女は姿を消してしまったこと。
 その事実を、誰にも信じてもらえなかったこと。

 一度話し出したら、もう止まらなかった。それまで溜め込んでいたものを吐き出すようにして、僕はすべてを打ち明けた。

「あれからもう十年になるけど……今でも僕は、いつかあの人が帰ってくるんじゃないかって思ってるんだ。ここで待っていれば、また会えるんじゃないかって」

 叶わない夢だと笑われるかもしれない。
 けれど、諦めきれないのだ。
 彼女がここに帰ってきてくれるなら、僕は他に何もいらない——そう思っていたから。

「刀坂くんは、そのお姉さんのことが本当に大好きなんだね」

 それまで黙って話を聞いてくれていた鏡宮は、どこか納得したように頷いて言った。

「信じてくれるの?」

「もちろん。だって刀坂くん、そういうウソをつくようなタイプじゃないでしょ?」

 まるで迷いのない笑みを浮かべたまま、彼女は言う。

「私は信じるよ、刀坂くんの話」

 ずっと欲しかった言葉。
 それを耳にした瞬間、僕は、

「あっ、笑った!」

「えっ?」

 いきなり鏡宮が大きな声を出したので、僕はどきりとした。

「えへへ。刀坂くん、やっと笑ってくれたね」

 そう彼女に言われて初めて、僕は自分の頬が自然と緩んでいたことに気づく。