「……事件で被害に遭った猫ちゃんはね、私もよく会いに行ってた子たちだったの」

 鏡宮は涙を拭いながら、嗚咽の隙間からぽつりぽつりと話しだす。

「うちは転勤族で引っ越しも多いから、家では猫を飼えなくて……。だから、あの猫ちゃんたちの集まる場所に私はよく遊びに行ってたの。……それで、なのかな? あの事件があってから、私があの子たちを傷つけたんじゃないかって言い出す人がいて」

「そんな……」

 ひどい言いがかりだった。何の証拠もないのに、憶測だけで彼女を犯人だと決めつけるなんて。

「人の噂って、どんどん大きくなっていくでしょう? いつのまにか、私が猫ちゃんたちを刃物で切りつけるところを見たって人も現れて……。最終的には、うちに警察やテレビの取材なんかも来るようになったの。それでパパもママも参っちゃって。そんな時に、またパパの転勤の話が出て……」

 冤罪を被った後で、父親の転勤の話がやってきた。周りから怪しまれるようなタイミングで引っ越すことになったのは、本当に偶然だったのだろう。

「引っ越しをしても、わざわざ転校までする必要はなかったんだけどね。でも、あの学校に私の居場所はもうなかったから……」

 だから、転校した。
 彼女がこの地へやってきたのは、そんな経緯があったのだ。

「私がちゃんと、周りのみんなにもわかってもらえるように話せばよかったんだけどね。でも私、昔からあんまり空気とか読めなくて……ちゃんと説明ができなかった。私、人と話すの下手なんだよね。転校する度に、仲良しの友達を作りたいって意気込むけど、いつも空回りするの。だから……そんなんじゃ、誰も信用してくれるわけないよね」

 ようやく顔を上げた彼女は、目元を赤くしたまま、困ったように笑っていた。
 強がりのようにも見えるその笑顔はまるで、自分が罪を着せられても仕方がないと言っているかのようだった。

「……鏡宮は、何も悪くないよ」

 僕が言うと、彼女は「え?」と意外そうな顔をした。

「周りで好き勝手に言っている人間のことなんか、放っておけばいい。そいつらが何を言っていたって、真実は変わらないんだから」

「刀坂くん……?」

 頭ごなしに否定する人間のことなんか、気にしなければいい。
 だって、たとえどれだけ否定されても、真実は一つしか存在しないのだから。

 ——夢でも見たんじゃないのか?

 父の言葉を、もう一度思い出す。
 僕が何度説得しようとしても、両親は信じてくれなかった。

 けれど、あのお姉さんは確かにここに存在した。
 その事実を忘れない限り、彼女はいつだって僕の中に存在する。

 鏡宮だって同じだ。
 たとえ周りが何と言おうと、真実は鏡宮自身が知っている。
 だから。

「たとえ周りが何を言っても、僕は……鏡宮を信じるよ」

 そんな僕の言葉に、彼女はわずかに目を見開く。涙に濡れたその瞳は、不思議そうに僕を見つめた後、ほんのりと目尻を細めて、

「……ありがとう。刀坂くんはすごいね」

「すごい? って、どこが?」

 いきなり褒められた僕は、その意図を測りかねた。

「刀坂くんは、自分を曲げない。周りに簡単に流されることもないし、自分の意見をちゃんと持ってる。だから、すごいよ。それに比べて私は……周りに否定されるのが怖くて、前の学校から逃げて来ちゃったから」

 言いながら、彼女の視線はまた足元の方へと下がっていく。
 周囲からの圧力に耐えかねて、逃げ出してしまった。それを彼女は恥じているらしい。
 けれど僕には、その選択が別段悪いものだとは思えなかった。

「別に、逃げてもいいんじゃないの? わざわざ居心地の悪い所に長居する必要なんてないと思うし、それに……そうやって新しい道に進んでいける鏡宮の方が、僕よりずっとすごいと思うよ」

 鏡宮は僕と違って、ちゃんと前を向いている。
 僕のように、いつまでも過去に囚われている人間とは違う。

「刀坂くんの方がすごいよ。逃げることなんて、誰にだってできるんだから」

「僕にはできないよ。僕は……変われないから」

 そう僕が言うと、鏡宮は再び顔を上げた。

「『変われない』? ……って、どうして?」

 彼女の澄んだ瞳が、僕を真正面から覗き込んでくる。その淀みのない眼差しに、僕はまるで心の中まで見透かされているような気がしてしまう。

「やっぱり刀坂くんも、何か悩んでるの?」

 も、と言ってくれた。
 まるで僕の傷も見せてくれと言わんばかりに。

 そんな彼女の言葉に、僕はつい甘えたことを考えてしまう。
 彼女なら、こんな僕の言うことでも本当に信じてくれるのではないかと。