むかし、僕には友達がいた。
年の離れたお姉さんだった。
年齢は定かではないけれど、地元の中学のセーラー服を着ていたので、おそらく中学生だったのだと思う。
当時の僕はまだ小学校に上がったばかりで、七歳だった。
引っ込み思案な僕は学校でうまく人の輪に溶け込めず、放課後になるといつも一人で近所の神社へと向かった。
そこで待っていたのが、あのお姉さんだった。
——こんにちは、社くん。今日は何をして遊ぶ?
長い黒髪をさらりと揺らして、彼女はこちらの目線に合わせてくれる。スカートの裾が土に汚れるのにも構わず、境内の真ん中にしゃがみ込んで、俯きがちな僕の顔を覗き込んでくれる。
優しい微笑を浮かべた彼女は、とても綺麗だった。顔はもうほとんど思い出せないけれど、彼女の笑顔が好きだった、という気持ちだけははっきりと記憶している。
彼女の存在は、僕にとっての安らぎだった。
二人で一緒にかくれんぼをしたり、だるまさんがころんだをして遊ぶのが好きだった。
時々遊びすぎて帰りが遅くなると、僕の親が怒って迎えに来ることもあった。
——うちの息子がごめんなさいね。いつも相手をしてくれてありがとうね。
母が頭を下げると、彼女は困ったように笑っていた。
——いえ。私も社くんと一緒に遊べて楽しいので。こちらこそ、ありがとうございます。
いま思えば、彼女もまた僕と同じで孤独な人だったのかもしれない。
いや、むしろ。
誰にも迎えに来てさえもらえない彼女は、僕以上に寂しい思いをしていたのかもしれない。
どちらにせよ、今となってはもう、真実を探ることはできない。
彼女はある日を境に、忽然と姿を現さなくなってしまったのだ。
——社。またここにいたのね。こんな所で何をしてるの。早く帰るわよ。
夕闇に染まっていく境内でうずくまっていると、やがて母が迎えにきた。
僕はどうしてもあのお姉さんに会いたくて、毎日そこで彼女の訪れを待っていた。
——……あのおねえちゃん、どこにいっちゃったのかな。
母に手を引かれながらポツリと呟くと、それを聞いた母は不思議そうな顔をして、
——お姉ちゃんって、誰のこと?
まるで見当も付かないといった風に、そんなことを言った。
僕はびっくりして、半ば噛みつくようにして反論した。
——おねえちゃんは、おねえちゃんだよ。おかあさんだって、ここで何度も会ったでしょ?
——なに寝ぼけたことを言ってるの。こんな寂れた神社に、人なんて滅多に来るわけがないでしょ。
僕がいくら食い下がっても、母は相手にしなかった。意地悪や冗談を言っている様子は一切なく、あのお姉さんの存在そのものを完全に忘れてしまっているようだった。
その後も何度もあの神社へ足を運んでみたけれど、彼女と再会することはついぞ叶わなかった。
それでも諦めきれない僕を見兼ねて、
——夢でも見たんじゃないのか?
と、父は呆れた風に言った。
——子どもの頃の記憶ってのは曖昧だからな。現実と願望とがごっちゃになってるんだろう。
あたかも僕の記憶が間違いであるかのような口ぶりだった。
そういう父も、過去にはあのお姉さんと顔を合わせたことがあったはずだった。母の代わりに僕を迎えにきた時、お互いに挨拶を交わしていたのを覚えている。
なのに、どうして……。
母だけではなく父まで。二人そろって、彼女のことを完全に忘れてしまっているようだった。
そんな彼らを見て、僕はいよいよ事の重大さに気づく。
もしかしたら彼女は、あの場所へただ来なくなっただけではなく、その存在ごと、この世界からきれいさっぱり消えてしまったのではないかと。
彼女がいなくなった後も、世界はまるで何事もなかったかのように続いた。
僕の身体は少しずつ大人へと近づき、次第に、彼女と過ごした時間は遠い過去のものとなっていく。
段々とおぼろげになっていく記憶の中で、彼女を失った事実だけがまるでしこりのように、僕の胸に居座り続けた。
僕だけはこんなにも覚えているのに。
あの頃の思い出だけを残して、彼女の存在を証明するものは、他に何一つとしてなかったのだ。