「生徒会長ー!お疲れ様です」
 頭を勢いよくブンっと下げて、俺の後頭部を生徒会長に見せる。そのせいか、少し頭がくらっとしてしまった。
  頭をゆっくり上げて辺りを見渡すと、校庭には色付いた木々が風になびいて誰かにエールを送っている。やっぱり屋上は最高だ。誰も居ないし、生徒会長と二人きりになれる。
「花登さん。俺のこと生徒会長って呼ぶのやめてって何回も言ったでしょ?俺もそろそろ名前で呼ばれたいんですけど。もしかして、俺の名前忘れたとか?」
  生徒会長の言葉にさっきよりも激しく頭をブンブンと横に振って、体を使ってできる最大限の否定をする。
  俺は、別に生徒会長の名前を呼びたくないわけではない。かと言って、さっきも表した通り名前を忘れてしまったなんてことは嘘でもありえない。
「でも俺、生徒会長に尊敬の意を示してピアスもやめたし、髪も黒に染め直したんですよ。だからこれからも尊敬の意を示すため生徒会長って呼びたいんです!」
  そう本音を言うと、生徒会長は何故かため息をついた。その行動に俺は生徒会長の気分を害したのかと内心焦るが、それをバレないように必死に取り繕う。
「でも、生徒会長。一つ聞いてもいいですか」
「俺の名前を呼んでくれたら、答えてあげてもいいよ」
「あー、それずるくないですか!」
  俺が生徒会長に思っている尊敬は、これだけでは足りないと思える程なのに。それを全く生徒会長本人は理解してくれないのだ。
  そんな生徒会長の俺に対する態度を見ていると、昔の俺の血が少し騒いで反抗してしまいたくなるのだが、万が一それで生徒会長を傷つけたら俺は今後どうやって生きていけばいいのかわからなくなりそうなので、我慢している。
「えーっと‥‥水原さん?」
「こら。それは俺の苗字だろ?名前じゃないじゃん」
「えー!これでも俺、頑張ったんですけど!」
  生徒会長は、変なところが頑固だ。言ってしまえば俺よりも頑固だ。俺は今まで何度生徒会長の条件を呑んできただろう。もう数え切れない。
「し、修斗さん」
  また条件を呑んでしまった。でも、俺は今それどころではなかった。顔が爆発してしまいそうなくらい熱い。燃え上がって、連鎖して、体全身が溶けてしまうのか、と思ってしまう。
「可愛い‥‥」
「え?今なんか言いました?」
  手でパタパタと顔を仰いでいてそれが顔に当たってしまい、生徒会長の喋り声が聞こえなかった。
  いや、でも生徒会長の声量が保護されたての猫ぐらい小さかったというのも原因だろうけれど。
「‥‥じゃあ、俺が今からする質問にちゃんと答えてもらいます」
 少し体の熱が冷めてきた頃、仕切り直して体制を一度整える。
「うん、いいよ。なんでも答えてあげる」
「生徒会長って、なんでいつもマスクしてるんですか?」
  そう聞くと、生徒会長は口を開く気配がない。さっきまで動いていたマスクのシワも、動くのをやめて無言を貫いている。
「生徒会長ー?なんでも答えるって言いましたよねー、今さっき」
  これでもかと言うくらいに喋らない生徒会長を見て、俺は頬を膨らませた。すると、生徒会長が顔を覗き込んで何かを決意したかのように深呼吸をする。
「誰にも言わないって約束してくれるなら、言ってあげる」
「はい!誓います!俺、生徒会長のこと大好きなので!」
  すると、生徒会長はゆっくりとした動作でマスクを下げだした。俺は突然の出来事に慌てふためきながらも生徒会長の顔をこれでもかと言うくらいに見つめる。
  光に当たって、輝く長いまつ毛。
  流れる風に揺れ踊る、透明感のある黒い髪の毛。
  女性にも負けない程美しく整った、イケメンフェス。
「イケメンだ‥‥」
  そして、さっきの動作よりもスローに口をパァっと開きだした。
「‥‥え」
  舌の上にある小さな銀色の何か。
  俺は生徒会長がベロを出す前に気づいてしまった。驚きで言葉を失う。
「これ、舌ピ。初めて見た?」
  舌ピという存在は知っていたけれど、俺の身近に舌ピををしている人は実際居なかった。それよりも俺が驚いているのは生徒会長が、注意を促す側の人が、校則を破っているということだ。
「なんで、舌ピしてるんですか‥‥?しかも生徒会長が」
  生徒会長は今まで俺に隠してきたことを申し訳なさそうな顔をしながら、唇を噛んでいた。
「俺のこと」
「え?」
「俺のこと嫌いになった?」
  その言葉にさっきよりも衝撃を受ける。俺が生徒会長のことを嫌いになる?
「そんなことないです!あるわけない!生徒会長が例えどんな人間でも、俺はそれを受け入れるし否定しません!だって俺」
  続きの言葉が気になったのか、綺麗な顔が俺の顔を覗き込む。
「俺、生徒会長のことだ、大好きなので」
  言ってて爆発しそうになってしまった。誰か俺を布で隠して欲しい。そうしたら、顔を見られることはないし、俺の布団の中での行動も誰かに見られることはないのに。
「ありがとう、花登さん」
  顔を赤く染めた生徒会長が、隣に座って俯いている俺を強すぎるくらいに抱きしめてきた。さっきから生徒会長に情緒を乱されてしまう。
「でもですよ、生徒会長。なんでピアスなんかしてるんですか?」
  そう聞いたとき、生徒会長の顔が何故かさっきよりも赤くなっていて考えがまとまらなくなった。
「俺、ある人に憧れたんだ。その人、俺と同い歳で少し前までピアスしてて‥‥」
「そうだったんですね。生徒会長はその人のこと好き、なんですか?」
  さらに生徒会長の顔が真っ赤に染まり、俯きながら「うん」とだけ答えた。
「そう、ですか。‥‥その人も生徒会長のこと好きだったらいいですね!」
  胸が痛い。本音はもっと醜くて嫉妬の塊なのに。生徒会長には幸せになってほしい。でも、何故か応援してあげられない気がした。この気持ちは、尊敬で収まるのだろうか。
  薄々気がついてはいたけれど、今初めて生徒会長の心の領域に踏み込んでみて確信した。生徒会長と話していくうちに、普段から生徒会長を目で追うようになっていってそれで、それで。
  キーンコーンカーンコーン。
「そろそろ教室戻ろう」
「あ、はい」
  予鈴が鳴り、俺たちは慌てて教室へと走り込む。
  教室の中は、予鈴が鳴っていてもびっくりするくらいに騒がしい雰囲気に包まれていた。
「お、花登と水原じゃん!お前ら何してたんだよ!」
「話してただけだよ!おい、なんでそんなに生徒会長のことガン見してるんだ?」
  友達の優が、生徒会長をずっと見つめながらチラッと俺の方を見て怪しい笑みを浮かべる。その時俺の体を嫌な予感が駆け巡った。
「どうしたの?俺のことそんなにみ‥‥」
「おらっ!」
  その掛け声と共に、優の手が空中で、止めることのできないスピードで生徒会長のマスクへと伸びていくのを見て、俺は冷や汗をかく。どうすればいいのだろうか、このままだと見られてしまう。生徒会長が今までずっと隠してきた姿が。
  マスクが完全に下げられた瞬間、俺はどうにでもなれという勢いとは裏腹に、優しく生徒会長の口を隠すように軽いキスをした。そして、俺が少しだけ離れて生徒会長が口を閉じたのを確認してから、距離を置く。
  教室が静まり返る。勇気を出して優の顔を見ていると辺りは爆発するような笑い声につつまれた。
「え」
「お前、急に男子校のノリすんなよ!まぁここ男子校だからいいけどな!」
「あ、あぁ。ごめん」
「それはいいけど、お前彼女作り頑張れよ」
  そう言って優は俺の肩をポンッと叩いて自分の席に帰って行った。クラスメイトのノリが良すぎるせいか、みんな順番に俺の肩を叩いて自分の席に帰っていく。そして数人が、生徒会長に憐れみの言葉をかけていた。
  俺は今、男子校でよかったと心の底から思う。
「ごめんなさい!生徒会長。急にその、キスしちゃって」
  俺の言葉が、自分のした行動を強制的に思い出させて、隠せてよかったという感情から、恥ずかしいという感情に塗り替えられる。
「ううん。むしろありがとう。これで俺の気持ちもやっと固まったよ」
「え?」
「花登さん。放課後時間ありますか」
  わざと敬語を使う生徒会長を見て、なんだか俺も礼儀正しくなってしまう。
「あ、はい。あります‥‥。あります!」
「はーい、授業始まるからお前ら席つけー。今日はお前らの大好きなテストだからなー」
  先生のその言葉を聞いて、俺と生徒会長は席につく。
  先生が、黒板にこの時間の一連の流れを書き出して元気よくテストを配ると、クラスメイトからのブーイングが殺到した。俺もそれに乗っかって声をあげる。チラッと生徒会長の方を見ると、なんだか緊張しているかのように表情がこわばっていた。
  生徒会長を見るとなんだか、マスクを下げた顔が頭に浮かんでしまう。
「じゃあ始めてくださーい。お前ら、わかんなくてもちゃんと全部埋めるんだぞー」
  今生徒会長を見るとカンニング扱いになってしまいそうなので、ちゃんとテストに集中するように名前を記入する。
  教室の中は、クーラーが要らないほど適温だった。それに怖いほど静かだ。授業開始から三十分が経った頃、残り十五分しかないのに、行き詰まってしまった。
  ふと、生徒会長と勉強会をした時のこと考えた。その時もここの問題につまずいていたと考えた瞬間、その日のことを思い出して答えが頭に浮かんだ。いける。
「ーーはーい。終了です。解答用紙は折りたたんで出席番号順に置きに来いよー」
  さっきの空気感が嘘だったかのように、明るく染まる。
「あっという間に放課後になってしまった‥‥」
  気がつけば時間は経ち、生徒会長との時間が訪れた。謎に緊張感が走る。
「じゃあ花登さん、行くよ」
「あ、はい!」
  そうして生徒会長が、人通りが少ない場所で話をしたいと言っていたので体育館裏に行き、青いベンチに二人きり。なんの話かわからず、緊張感に包まれる。
  すると、生徒会長が急に俺の目の前でしゃがんで見上げてきた。その体制は幼稚園生のようで、可愛く思えてしまう。
「好きだよ、花登」
「ありがとうございます!‥‥。え!?」
  自分でも情けない反応をしてしまい後悔するが、生徒会長はそんな俺を見て笑っていた。次第に恥ずかしさが込み上げてくる。
「あの、好きってその‥‥そうゆう恋愛的な好き、ですか?」
「うん。恋愛的な意味で好きだ」
「まぁーじかっ‥‥」
  俺は手で顔を覆って俯く。まさか生徒会長が、いや。修斗さんが俺のことを好きだと言ってくれるなんて思ってもいなかった。これは両思い、だよな。でも。
「でも、男同士ですよ?修斗さんは大丈夫なんですか?」
  少し考える素振りをして、真剣に俺の目を見つめてくる。
「俺は、好きな人を好きでいたい。それでもし花登が俺と付き合ってくれるなら、絶対に幸せにする。俺が保証するから、大丈夫」
  その目はとても澄んでいて綺麗だった。
「もしかして、その舌ピって」
「あ、うん。初めて花登を見て一目惚れして、花登に憧れて開けたんだ」
  照れくさそうにマスクを下げて笑う顔を見て、俺はなんだか全身の力が一気に抜けてしまう。
「もー、好き。俺も気持ち固まっちゃったよ‥‥」
  照れくささを捨てきれず、修斗さんは可愛く笑った後、また真剣な表情に切り替わる。
「改めて。俺と付き合ってくれ。花登」
  返事は全く悩んでいない。なんなら告白された時から泣いちゃいそうなくらい嬉しかった。修斗さんの言葉を聞いて、俺もちゃんと好きになってよかったんだなって思った。
  だからちゃんと、俺もその気持ちに応えたい。
「はい、喜んで。絶対俺のこと幸せにしろよ。俺も修斗さんのこと、一生幸せにします!」
「ありがとう、花登」
  学校にいることを忘れるくらい、幸せで幸福感のある軽いキスをする。
「あ、でも。ピアスは外せよ、生徒会長?」
「‥‥‥やだ」
  それが、黙り込んで修斗さんから出てきた言葉だった。なんだかただをこねる子供を相手にしている気分で強く言い返せない。
「花登も舌ピ、お揃いの開けるか?」
「開けません!」
  俺たちは、二人で高らかに笑い合う。
  そうして俺は、人生で初めて大好きな人に出会えて、大好きな人と時間を共に過ごして、そして大好きな人と一緒に一生を誓った。



  Fin.