教科書を弓月のカバンに全部しまい終わってやってもまだ、弓月は震える背中で俯いている。
ーーーああ、しまった。
 やってしまった。弓月は俺を嫌悪し、離れて行ってしまうかもしれない。
 今さらになって汗が噴きあがる。
 弓月を傷つけてしまったくせに、どう言い訳しようか、今すぐ土下座して許しを請おうかなど利己的な考えばかり浮かぶ自分に嫌気がさした。

 俺が土下座体勢に入った瞬間、蚊の鳴くような声が絞り出された。

「し、知らなかった……」
「は……?」
「知らなかったっ……」

 震える茹でダコのような顔が、恐る恐るこちらを振り返った。

「ほんとに、俺のこと……? 頭良くて勉強教えてくれてイケメンな爽は、俺にとってヒーローみたいなもんだったから……」
「なっ、いや、だから冗談だって。ごめんな悪ふざけがすぎた。今日はもう帰ってーー」
「いつから好きだったの!? 俺のこと! 入学式で初めて会って、もう3カ月じゃん!」
「………っ、だから…!」

 なんなんだ。
 なんなんだその反応は。
 満更でもないっていうのか? 
 ーーーというか俺は弓月とどうなりたいんだ? どの教科書で調べれば答えが見つかるんだ?

「なあ、いつから俺のこと好きだったの? 俺のことかわいい言ってたのって、バカにしてたんじゃなく本気で思ってーーー」
「あああもう忘れてくれ! 俺が悪かった……!」

 言えない。入学直後から子犬のようにまとわり付き、追試のたびに鮭になり、俺の言動に一喜一憂してくれるお前が気付いたら心底かわいいと思ってたなんて。

「だから……冗談……と、言うことにして、くれ……今回は」
「今回!? じゃあ次回もあるの!?」
「それは、その………ええとだな……やっぱ、それも……また次回に……」
「えええええ!! なんだよそれーー!!!?」

 絶対俺のこと好きだろ!!と、謎の自信に満ちた弓月に、俺は教科書で顔を隠すことしかできなかった。

 



                 ーーーーーーおわりーーーーーーーーー