午前六時ちょうど。
 枕元に置いてある目覚まし時計が鳴り響く。

 阿部未来は、枕に顔をうずめたまま時計に向かって手を伸ばして音を止めた。体はまだ起きることを拒否しているようで、意識が再び夢の中に戻りそうになる。それを邪魔するかのように、ダンッとすぐ隣で大きな音がした。

「未来ちゃん、朝だよ!」

 今年小学校に入ったばかりのさくらが、未来の体を揺すってくる。また二段ベッドの上段から飛び降りたようだ。危ないからやめろと何度言っても聞かない。そろそろ先生に叱ってもらった方がいいのかもしれない。

「わかってるよ」

「ほら早く」

 勢いよく布団をめくってくるさくらに負けて、ようやく体を起こした。未来が起きたことが確認できて満足したのか、さくらが鼻歌交じりに着替え始めた。もともと朝に強いさくらだが、今日はいつにもましてご機嫌だ。ふと目をやったカレンダーの今日の日付に、大きく星マークがつけられていた。

 あぁ、そうか。今日はさくらの誕生日だ。誕生日に浮かれるなんてことは、自分にはきっと一生ない。
 暗くなりそうな思いを、大きなため息とともに吐き出した。

 食堂にはすでに施設で暮らしている十五人の子どもがいた。ここは様々な事情で、親と暮らせない子どもたちが過ごしている。未来もその一人で、一番長く暮らしている。三歳から十八歳まで、それに四人の職員のいる食堂は、いつもどおり賑やかだ。
 まだ幼い子たちの小競り合いの声や、食器のぶつかり合う音を聞きながら、未来は牛乳の入ったグラスを口に近づけた。

「未来ちゃん」

 隣に座ったさくらが、口の端にイチゴジャムをつけたまま見あげてきた。

「どうした?」

「未来ちゃんのお誕生日はいつなの?」

 口をふいてあげようと伸ばした未来の手が止まる。急に周りの空気が薄くなったように感じた。

 そんなの私が聞きたいよ。

 そう言いそうになったのをこらえた。

「内緒」

 うまく笑えていることを願いながら、自分の食事に目を戻す。えぇなんで、と不満げなさくらの声を、トーストをかじる音でかき消した。

 今日の朝食の片付けの当番は未来だ。洗い物を終え、ペーパータオルで手を拭いていると、未来、と自分の名前が呼ばれた。振り返ると、園長先生が立っていた。絵本に出てくる優しいおばあちゃんみたいな人だと、未来は物心つくころから思っている。

「今年はどうする?」

 なんのことかは、聞かなくてもわかった。誕生日祝いをするかどうか、ということだ。

「なにもしないで」

「そう、わかった」

 園長先生はそれ以上なにも言わなかった。もう毎年のことだから。

 未来は自分の本当の誕生日をしらない。あるのは職員が便宜上、適当につけた誕生日だけだ。仕方のないことだと、頭ではわかっている。生後間もない頃に捨てられた子どもが、自分の誕生日を覚えているはずないのだから。せめて名前と誕生日くらい書いたメモを添えてくれればよかったのに。生きているかもわからない、自分を捨てた人間に言ってやりたかった。