本名も顔も知らないさっちゃんだったが、大体の目星は早々についた。

 部活に入っておらず、交友関係の狭いいずみのことだ。同じクラスだった生徒以外に、親しい友達ができる可能性は低い。
そして「さっちゃん」のあだ名をつけられそうな名前の生徒はごくわずかだった。ただ、確証を得るには時間がかかってしまった。

 生物室に置き忘れられた、いずみとの写真が設定されたスマホを見つけなければ、今もさっちゃん探しは続いていたのかもしれない。待ちくたびれたいずみが、彼女と自分を引き合わせたようだった。

 さっちゃん探しのあいだ、いずみがどんな生徒だったのかはほかの教師からなんとなく話を聞きだすことができた。山津といずみの関係性を伏せて正解だった。

 そして、暗闇の中にいる生徒を何人も見つけた。彼らを助けることで、守れなかったいずみの代わりに誰かを救ったつもりになっていたのかもしれない。

 もっと早くにさっちゃんを見つけ出す方法はあったはずだ。けれどそれをしなかったのは、心のどこかに彼女を恨む気持ちがあったのだと思う。 

 友達ならいずみにこんな選択をさせないでほしかったと、顔も知らない彼女を心の中で何度も責めた。責められなければいけないのは、いずみの行動を止められなかった自分だとわかっていたのにだ。

 ずっと海に流されたままのいずみの友達を救うことで、いずみへの贖罪にしたかったのかもしれないと、今になって思う。

「いずみ」

 いつもより穏やかな表情にみえるいずみに話しかけた。

「君はカエルです」

 死んだふりをすることで、大切なものを守ったんだね。

「だから、冬の間は眠ったままでいい。けれど春になったら起きなきゃいけないよ」

 いずみは昔からそそっかしい。だから今年は春になったことに気づかずに、冬眠を続けてしまった。けれど、次の春にはちゃんと起きてくれる。

 春の日差しに目をこすりながら、のんきに「おはよう」と声を出すいずみの姿が、ちゃんと想像できる。


 だから、大丈夫。
 今はただ、春が来るのを待つだけだ。

 窓から見えるイチョウの木から、葉が一枚落ちた。
 
 冷たい冬がやってくるのだとしか感じなかった光景が、今は春に向かって一歩近づいたのだと思える。
 すべての動物たちに、幸せな季節が来ることを山津は願った。

「また来るからね」

 山津が立ちあがろうとしたときだった。

 いずみにかけられた、真っ白なふとんが小さく動いた。


 カエルが春を待ちきれずに、自分を覆っていた土を押しあげたときのようだった。