沙月が設定したのは、パスコードだけではない。このホーム画面もそうだった。初めて一緒に放課後遊びに行ったとき、二人で写真を撮った。それを見ながらいずみが聞いてきた。

「この写真を壁紙にするのってどうやるの」

 自分のおばあちゃんに以前同じことを聞かれたことを思い出して、思わず吹き出してしまった。

「今まで変えようと思ったことなかったの?」

「だって変えなくても困らないじゃん」

 いずみは口をとがらせて、睨みつけてきた。できの悪い妹みたいだ。それを言ったらますます怒らせてしまいそうでやめた。

「ごめんごめん。ここで変えるんだよ」

 壁紙を変えるだけで、いずみのスマホは別物みたいに温かくなった。

「ありがとう。私、ずっとこの壁紙にしておくよ」

 そのときはじめて、いずみがスマホを大切そうにしているのを見た。頻繁に家に置き忘れてくるし、全然使いこなせていないし、メッセージを送ったって丸一日気づかないくらいにスマホを触らないくせに。

「大げさだなぁ」

 その仕草に呆れを覚えた。けれど、それと同じくらいに嬉しかった。壁紙一つでこんなに喜んでくれる人なんてほかにいない。自分との写真を、こんなに大切にしてくれるのもいずみだけだった。

「いずみ」

 今度はいずみにちゃんと呼びかけた。

「いずみ」

 それでもいずみが答えることはない。

 あのとき離してしまった手に触れる。温もりが伝わってきて、ここに確かにいずみがいるのだと実感した。

 いずみを追い詰めたのは自分だ。そんな自分がこんなことを思うなんておかしいのはわかっている。それでも、口にせずにはいられなかった。

「生きててくれて良かった」

 いつかちゃんと謝りたい。

 許してくれなくてもいい。

 顔も見たくないと罵られる覚悟もできている。

 それでも、一度だけでいい。もう一度だけ話をさせてほしい。


 いずみの目が覚めるその日まで、何年でも何十年でも待ち続ける。
 それが、今の自分にできるたった一つのことだから。