目を閉じていて、顔が記憶の中よりも一回り小さくなっているけれど、間違いなくいずみだった。

「いずみちゃん、お友達が来てくれたよ」

 さっきから繰り返される「お友達」という言葉に、責められているような思いがした。さっきまで安心感を覚えていたはずの彼女が、なぜか急に憎らしく感じた。

 いずみちゃん、なんて仲の良さそうな呼び方をしているのに、どうしてこのような状態になっているのかこの人は知らないのだろうか。目の前にいるのが、いずみがこうなった元凶だと知ったら、どんな顔をするのだろう。

 見ていられなくなって、壁の半分を占める大きな窓に視線を移した。窓の外の黄色いイチョウの木が風に吹かれて、少なくなった葉を落としていく。一年前の集会の日もそうだったことを思い出す。

「じゃあ、ゆっくりしていってね」

 友達の家に遊びにいったときの、お母さんみたいな言い方だった。

 ゆっくりと言ったって、なにをしろというのだろう。答えがあるなら教えてほしい。そう言いたくなったのを堪えて、看護師さんに小さく頭をさげた。

 二人きりになった部屋は、壁一枚で仕切られただけなのに、この空間だけが世界から隔離されてしまったみたいだ。
 いずみの方へ足を一歩進めた。いずみは、ただ静かに眠っているだけに見える。耳元で大きな音を立てたら飛び起きるのではないかと思うくらいだ。

「いずみ」

 静かな病室では、自分の声がとても大きく聞こえた。呼びかけたくせに、起きてしまったらどうしようと一瞬焦りを覚える。けれどいずみは変わらず眠ったままだ。

「起きるわけないか」

 いずみは母親が病院で処方されていた薬を大量に飲んだらしい。おそらく、いずみとの電話の次の日に。それからずっと意識が戻らないままだということを、昨日山津から聞いた。ずっと眠ったままなのに、少し話しかけたぐらいで目が覚めるなんて、おとぎ話の中でしかありえない。

 胸の奥に、針で刺されたみたいなちくりとした痛みを感じたときだ。

 視界の端でなにかが光った。引っ張られるように目を向けると、安物っぽいラバーケースがついたスマホが、サイドテーブルに置かれていた。そのケースは、学校の近くにある三百円ショップで買ったものだ。スマホをよく落とすくせに、いずみはケースをつけていなかった。いつ壊れるかわかったものじゃないと、いずみと一緒に放課後買いに行ったことを思いだす。

 いずみはかわいいものや流行りのものには一切興味がなかった。お小遣いを貯めて、五千円のスマホケースを買った詩音に「そんなのに五千円も?」なんて言い方をして、怒らせていたのが、遠い昔のことのようだ。

 この状態のいずみに、誰かが連絡を送っていることが意外だ。なんとなくのぞいてみると、デフォルトのままの画面に、携帯会社からのメールの通知が表示されていた。

 充電が半分ぐらいまで減っている。今のいずみはスマホを使えないのに、誰かがこまめに充電しているのだ。いずみが目覚めたときに、すぐに使えるようにだろう。きっとその人は、いずみの件で深く傷ついたはずだ。自分のしたことが、いずみと自分の間だけでないことを強く突きつけられている気分になる。

 いずみのスマホを手に取った。画面に触れると、パスコードの入力画面が表示される。もともといずみはロックのかけ方を知らなかった。それに驚かされたのを今でも覚えている。ロックをかけずにいられることが信じられなかった。いずみはまるでこっちがおかしいみたいに、面倒だし見られて困ることもないと話していた。万が一落としてしまったときの危険性を聞いて、ようやくロックのかけ方を教えてほしいと言ってきた。

 一緒に設定した番号はあれから変えたのだろうか。

 悪いと思いながらも、記憶の中のパスコードを入力した。いずみのことを知りたかった。いずみがなにを考えていて、なにが好きで、なにが嫌いだったのか。最後の一桁を入力すると、あっさりとホーム画面が開かれる。設定された写真が、目に飛び込んできた。

「なんで」

 画面には、いずみと沙月が二人で撮った写真が設定されていた。それは、沙月のスマホに設定されているものと全く同じのものだ。