田中に殴られたよりも、ずっと大きな衝撃が胸に刺さった感覚がはしった。

 なによりも外面を気にする父親が聞いたらどうなる。殴る蹴るですまないのは確実だ。

 想像するだけで、鼓動が速くなっていく。

「やめてください」

「あ?」

 山本が眉間にしわを寄せた。

「お願いします。それだけはやめてください」

 気がついたら頭をさげていた。ほかの人の顔は見えないけれど、自分が職員室中の視線を集めていることだけは感じる。田中がふっと鼻で笑ったのが聞こえた。

「あんなに粋がってたくせに、ママとパパが怖いのかよ」

 田中、と山本が諫めた。田中は自分のこの醜態をみんなに触れまわるだろう。

 でもそんなこと構っていられない。家に連絡をしないでくれるのなら、どんなに長い説教だって受けるし、どんな罰でも受ける。父親に知られたあとに待っている罰よりもひどいものなんて、きっと存在しない。ここで阻止することができなければ、地獄が待っているのは確実だ。

「とは言ってもなぁ」

 山本が呆れたようにため息をついた。

 そのとき、山本の向かいの席から、あの、と遠慮がちな声が聞こえてきた。

「横からすみません」

 山津だった。前にも一度話したことがある。時間にしてたった数分。山津は自分を覚えているのだろうか。最悪の印象を植え付けた相手が、なにを言い出すか気が気ではない。

「話を聞いていると、田中君も我慢の限界だったのでしょう。喧嘩両成敗とはいいますが、少しかわいそうではありませんか」

「だろ!」

 味方を見つけたと思ったのか、田中はにやりと笑いながら横目で見てきた。

「ですから、指導は堤君だけでいいのではありませんか」

 山津がこの学校に来たのは山本よりも後とはいえ、教員歴はずっと山津の方が上だ。山本は納得がいっていない様子だけれど、反論はしづらいらしい。人差し指をせわしなく机にたたきつけながら、小さくうなっている。

「山本先生は次の授業の準備でお忙しいでしょうし、堤君の指導は私に任せてもらえませんか」

 なんでおまえが。

 そう言いたくなったけれど、親に連絡がいくという最悪の事態から逃げられそうなのを、止めるわけにはいかない。

「まぁ、山津先生がおっしゃるなら」

 渋々といった様子で、山本は了承した。それを聞いて山津は席から立ち上がる。

「ありがとうございます」

 なぜ山津が礼を言うのか、全く理解できなかった。

 でもなんだっていい。あいつにばれないのならそれで十分だ。山津は職員室の扉の方に歩き始めた。

「ついてきてください」

 翔馬はそれに従うことしかできなかった。