父親と同じ歳くらい警察官に、名前や年齢、保護者の連絡先。学校名、たくさんの質問をされた。その中でもしつこいくらいに聞かれたのは、あの三人組との関係だった。どうやらこの辺りで悪いうわさが絶えないようだ。今日初めて会っただけだと繰り返したが、なかなか信じてくれなかった。本来なら保護者に迎えに来てもらうらしいが、母と連絡が取れない。仕事中はスマホをロッカーに入れっぱなしにしているから、夕方まで電話は繋がらない可能性が高いことを伝えると、学校に連絡されることになった。

 学校の先生が迎えに来るまで、警察で待機することになって、流されるまま応援に来たパトカーに乗せられてしまった。パトカーに乗るのはこれで二回目だ。一度目は幼稚園のころ、交通安全普及のために警察官が園にやってきた。そのときにみんな少しの時間車内に入ることを許された。

 もう二度と入ることはないと思っていた。まさかこんな形で二回目を迎えるなんて、あのころの自分が聞いたら驚くだろうな。
 車窓から見える景色を眺めていると、ついさっきまで一緒にいた茶髪の男が歩いているのが見えた。運転席にいる警察官も、自分を見つけた警察官も、彼の存在に気づいていない。彼なら自分との関係を証明できる。でも、もうどうでもいい。好きなだけ疑えばいい。どうせ自分がなにを言っても無駄だ。それならば、流れに身を任せている方がずっと楽だ。


 取調室のようなところに閉じ込められるのかと思っていたが、待っているように言われたのは受付も見えるベンチの一画だった。いつでも逃げられる場所に待たせて大丈夫なのかと他人事のように感じる。

 三十分ほどたったころ、廊下の向こうから、ここまで良太を連れてきた警察官が誰かと話す声が聞こえてくる。こういうとき、担任が迎えに来るんだろうか。自分のせいで授業が自習になってしまったのなら申し訳ない。生徒側は喜ぶだろうけれど。

 第一声はなにを話したらいいのかを考えながら顔をあげた。警察官の後ろに立っている人物を見て、思わずなんで、と声を出してしまう。そこにいたのは、担任でも副担任でもなく校長でもない。生物担当の山津だった。廊下での挨拶や、テスト返却の時に「よくできました」と言われたくらいのレベルでしか会話をしたことがない。自分が言えた立場ではないが、あえて関わりのない教師を送り込んでこなくてもいいのではないかと思った。

「お手数をおかけしました」

 山津は丁寧に警察官に頭をさげている。

「松野君、帰りますよ」

 山津に促されるように立ち上がる。警察官が、もう来るなよと冗談交じりに背中を叩いてきた。なんて返せばいいのかがわからない。翔太も警察に補導されたことが数えきれないくらいにあった。こんなときどんな顔をしていたのだろう。良太はただ黙って小さくうなずくことしかできなかった。

「乗ってください」

 山津に連れられてきたのは、警察署の敷地内にある駐車場だった。少し古びた五人乗りのシルバーの車に山津は乗り込んだ。良太もそれに続く。

 車に乗るのは久しぶりだった。まだ家族が壊れていなかったころは、よく四人で近くのショッピングモールに遊びに行った。食の好みがバラバラだった良太たちは、いつも外食するお店を選ぶとき少しもめた。その解決策として、フードコートに行くことを思いついたのは翔太だった。ほかの人から見たらとてつもなく小さな発見だ。けれど松野家にとっては、ノーベル賞を獲得したものよりもずっと偉大な発見だった。

「大変でしたねぇ」

 車を走らせると同時に、山津が口を開いた。世間話でもするような、のんびりとした口調が逆に不穏に感じられる。

「あの、なんで山津先生が?」

「担任の先生、今日出張なんですよ。聞いていませんでした?」

 そういえば、先週そんなことを話していたような気もする。

「代わりに空いていた私が来ました」

 運悪く嫌な役回りを押し付けられてしまったということらしい。

「すみませんでした」

 まだ謝罪をしていないことに気がついた。言葉を口にしてから、自分がなにに謝っているのかがわからなくなる。学校をさぼったことか、補導されてしまったことか、迎えに来させてしまったことか。それとも、身内に悪い人間がいることか。

「いえいえ、お気になさらず」
 予想外の言葉に良太は思わず山津の顔を見た。自分に興味がなさすぎて、何の感情も抱いてないのかと思った。山津は無表情どころか、ほほ笑みすら浮かべている。

 少しは怒れよ。

 山津がなにを考えているのか、全くわからなかった。