店内は、耳が痛くなるくらいに音楽が鳴り響いている。いつもならうるさいと思っていた音が、今日だけはありがたく感じた。余計なことが浮かんでくる脳内の隙間を、粗雑な音が埋めてくれる。まだ開店してすぐなのか、客の数は少ない。ほとんどが暇を持て余しているような高齢者だ。あくびをしながら、メダルを投入口に流し込んでいる。ゲームを楽しむことが目的というよりかは、時間を消費したいだけのように見えた。レーシングゲームやリズムゲームの機械やクレーンゲームが並ぶ隙間を、ただなんとなく歩いてみる。
 昔、兄と二人でスーパーの隅にあったゲームセンターで遊んだことを思いだす。母からもらった百円玉で、一人一回ずつクレーンゲームに挑戦したことを思い出す。

 もう二度と、そんな日は訪れない。

 クレーンゲームの機械の中に、猫耳カチューシャが入っているのを見つけた。そういえば、占いのラッキーアイテムがこれだった。取ったところで運気があがるとも思えないが、なんとなく挑戦してみようと思った。

 財布から取り出した百円玉を投入口に入れると、軽快な音楽が流れ始めた。昔近所にいた野良猫と柄の似ている白黒の耳にアームを近づける。一回では厳しいかと思ったが、タグにうまく引っ掛かり、そのまま出口に吸い込まれていった。

 ガラスの向こう側にあるときは、しっかりした素材でできているように見えていた。けれど実際に手にしてみると、少し力を入れただけで壊れてしまいそうなくらいに安っぽい。気の迷いとはいえ、こんなものに百円もかけてしまった自分を馬鹿らしく感じた。

 景品をカバンにしまったとき、正面から若い男の大きな叫び声がした。自分と同じくらいの歳の三人組の男が、機械に向かって罵声を浴びせている。染められた髪と、派手な私服とアクセサリーを身につけた彼らに、本能が関わってはいけないと知らせてくる。それなのに、目を逸らすのが一瞬遅かった。その中の一人の金髪の男とバチンと目が合ってしまった。彼はこっちに近付いてくる。

 まずい。絡まれる。逃げた方がいいのだろうか。いや、でもあからさまに逃げるのも危ない気がする。

 考えている間に、金髪男はすぐ隣まで来てしまった。

「なぁ」

 終わった。これから来るカツアゲか暴力を覚悟した。

「クレーンゲーム、得意?」

「え?」

「今なんかゲットしてたよな」

 良太の返事を待たずに、彼は向かいの機械に良太を引っ張っていった。

「これ、取れそう? もう何回もやってるけど無理なんだよね」

 ガラスの向こうには、駄菓子がたくさん入ったバケツがある。落とし口の近くまでは来ているから、バケツの隙間にうまくアームを引っ掛ければ大丈夫な気がした。

「取れると思います」

 そう言ってから後悔した。

 ここで失敗してしまったら、自分はどんな目に遭わされるのだろうか。できないと言って逃げるのが正解に決まっていたのに。自分の愚かさを恨みたくなる。

 ダメージジーンズを下着が見えるほどの腰履きにした男が、良太に「よろしく」と言いながら百円玉を渡してきた。絶対に失敗できない。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、良太は操作ボタンを押した。アームは予想していたよりも開く角度が甘かった。無情にもバケツは落とし口に少し近付いただけだ。背後から落胆の声がする。

「すみません、もう一回やらせてください」

 このまま逃げるのは怖すぎる。責任をとることを理由に、なにを要求されるかわかったものじゃない。
 今はとにかく景品を取ることが、安全に逃げるための最善の方法だ。

 財布に残っている最後の百円玉を投入した。次こそは失敗できない。頼む。

 そう祈りながら今にも震えそうな手で機械を操作する。ここ最近で一番の集中力を発揮している。昨日の出来事や、学校をさぼっていることなど忘れてしまっていた。

 狙い通りの場所にアームは引っ掛かった。あとは無事に持ち上がってくれればいい。ふらふらと揺れながらバケツが持ちあげられる。来た来たと男たちが興奮した声をあげているのが聞こえる。痛いくらいに手を組んで、このまま運んでくれと願った。落とし口に近付いたとき、止まった拍子にバケツがアームから離れてしまった。クレーンゲームはどうしてあと少しのところで力を弱めてしまうのか。思わず不満を口にだしてしまいそうになる。床にバケツが音を立てて落ちた。

 終わった。良太が天を見上げた瞬間、男たちが一層大きな声をあげた。機械に目を戻すと、さっきまでそこにあったはずのバケツが消えていた。

「すげぇ! マジで取れたよ」

 三人目の茶髪の男が、しゃがみこんで取り出し口に手を伸ばしている。そこには確かに狙っていた景品があった。運よく落ちたときに転がってくれたらしい。カバンに入っているラッキーアイテムのおかげかもしれない。

「じゃあ僕はこれで」

 なんとか成功したことに安堵しながらその場を後にしようとした。けれど、すぐに「ちょっと待って」と呼び止められてしまった。

「一緒に食わない?」

 茶髪の男が、柄の悪さに似合わない子どもみたいな表情を浮かべながら、獲得したばかりのバケツを顔の横で振った。

「いいねぇ」

「ほら、お近づきの印ってやつ?」

 金髪と腰パンもそれに同調する。お近づきになった覚えはない。心の中で突っ込みをいれた。断り方を考えつく前に、人目につかないいい場所があるからと三人についてくるように言われてしまった。