「今日は、カメレオンを見つけたんだ」

 山津は、眠ったままの少女に話しかける。

「何色も使い分けることができる、器用な子だよ」

 いずみ、おまえもそんなふうに。

 そう言いかけて、はっとする。また、同じ間違いを繰り返してしまうところだった。

「山津さん」

 名前を呼ばれ振り返る。そこには、いずみの担当の看護師がいた。山津は小さく頭をさげた。付き合いはもう一年になる。

「いずみちゃん、今日も変わりないです」

「そうですか」

 いずみは、今の状態から変わりたいと思っているのだろうか。目覚めたいのか、このまま消えてしまいたいのか、それすら山津にはわからなかった。

「これ、山津さんのですか」

 看護師が渡してきたのは、山津の財布だった。

「これ、どこで」

 いつの間に落としてしまったのだろう。二つ折りの財布を開くと、自分の名前の書いてある保険証が見えた。間違いなく自分のものだった。

「ついさっき、いずみちゃんと同じくらいの歳の女の子が拾ったって言って渡してきたんです」

「お礼を言わなければ」

「それが急いでいたみたいで。すぐに走っていっちゃったんですよね」

 急いでいるのにわざわざ持ってきてくれたのか。ありがたさと申し訳なさが同時にやってくる。

「そういえば」

 看護師がなにかを思い出したように手を打った。

「いずみちゃんの高校の制服を着ていました。もしかしたら、お見舞いに来たのかもしれませんね」

 まさか、といいかけてやめた。

「でもお父さんがいて恥ずかしくなっちゃったのかも」

「それは申し訳ないことをしましたね」

「まぁ、また来てくれるでしょう」

 看護師が、良かったねといずみに話しかけるのを、山津は黙って見ていた。

 看護師の予想は外れている。

 いずみには、お見舞いに来てくれる友達なんていない。もしももう少し早くそのことを知っていたら、今でもいずみは笑っていただろうか。いまさら考えたところで何も変わらない。

 それでも、何度も山津は考えてしまう。

 もしもあのときと、何度も何度も。