「園長先生」
「あら、おかえり」
施設に戻ってすぐに、園長室に足を運んだ。園長先生は、なにかの書類にサインをしているところだった。
施設の扉の前に捨てられていた未来を見つけてくれたのは園長先生だと聞いたことがある。今まで自分からその日のことを聞いたことはなかった。けれど、今日は聞いてみたいと思った。
「私を見つけたとき、どう思った?」
未来の言葉に、園長先生は一瞬驚いた表情を見せた。
けれど、すぐにいつものような微笑みを見せる。
「そうねぇ」
園長先生は、窓の外に目を向けた。まるで、当時を思い出しているみたいに。
「生まれてきて良かったと思えるような未来が待っていますように、と願ったわ」
「そっか」
山津の言葉は、どうやら間違っていなかったようだ。
「園長先生」
「なに?」
「今日、さくらの誕生日祝いするんだよね」
「えぇ」
「私も一緒にしてもらってもいいかなぁ」
今日は、私が誰かに見つけてもらった日だ。大嫌いだったはずの、生まれた日ではない誕生日。
「もちろん」
園長先生の声が、嬉しそうなのに、ほんの少しだけ震えていた。
「チョコプレートの名前、書き直さなきゃ」
「別にそのままでもいいのに」
キッチンに向かう園長先生の背中を見て思った。
生まれた日と見つけてもらった日、二つの誕生日があるのも悪くないと。
次の日、夜遅くまで興奮が冷めなかったさくらのせいで、寝不足の目をこすりながら校門を通った。靴箱に向かって歩いていると、花壇に水やりをしている山津を見つけた。
「山津先生」
「おや、おはようございます」
朝に強いのか、山津はすっきりとした表情をしていた。
「私、昨日で十六歳になりました」
「そうですか。それはおめでたいことですね。なにかプレゼントでも渡せればいいのですが」
そう言って、山津がポケットを探り始めた。
「いいですよ、そんなつもりじゃないですから」
「あぁ見つかりました」
山津が取り出したのは、イチゴミルク味のキャンディーだった。
「みんなには内緒ですよ」
「ありがとございます。先生、意外とかわいいものが好きなんですね」
どちらかと言えば、キャンディーよりもせんべいが似合いそうだ。
「いえ、好きなのは私ではなく」
そこまで言いかけて、山津ははっとしたように口をつぐんだ。
「お子さん、とか?」
山津の顔から笑顔が消えた。けれどそれは一瞬のことだった。
「授業、始まってしまいますよ」
山津はいつもの穏やかな笑みのまま、水やりに戻っている。
見間違い、だろうか。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
未来は小さく頭を下げて、その場をあとにした。
ポケットの中で、もらったばかりのキャンディーの袋が、かさりと小さな音を立てた。
「あら、おかえり」
施設に戻ってすぐに、園長室に足を運んだ。園長先生は、なにかの書類にサインをしているところだった。
施設の扉の前に捨てられていた未来を見つけてくれたのは園長先生だと聞いたことがある。今まで自分からその日のことを聞いたことはなかった。けれど、今日は聞いてみたいと思った。
「私を見つけたとき、どう思った?」
未来の言葉に、園長先生は一瞬驚いた表情を見せた。
けれど、すぐにいつものような微笑みを見せる。
「そうねぇ」
園長先生は、窓の外に目を向けた。まるで、当時を思い出しているみたいに。
「生まれてきて良かったと思えるような未来が待っていますように、と願ったわ」
「そっか」
山津の言葉は、どうやら間違っていなかったようだ。
「園長先生」
「なに?」
「今日、さくらの誕生日祝いするんだよね」
「えぇ」
「私も一緒にしてもらってもいいかなぁ」
今日は、私が誰かに見つけてもらった日だ。大嫌いだったはずの、生まれた日ではない誕生日。
「もちろん」
園長先生の声が、嬉しそうなのに、ほんの少しだけ震えていた。
「チョコプレートの名前、書き直さなきゃ」
「別にそのままでもいいのに」
キッチンに向かう園長先生の背中を見て思った。
生まれた日と見つけてもらった日、二つの誕生日があるのも悪くないと。
次の日、夜遅くまで興奮が冷めなかったさくらのせいで、寝不足の目をこすりながら校門を通った。靴箱に向かって歩いていると、花壇に水やりをしている山津を見つけた。
「山津先生」
「おや、おはようございます」
朝に強いのか、山津はすっきりとした表情をしていた。
「私、昨日で十六歳になりました」
「そうですか。それはおめでたいことですね。なにかプレゼントでも渡せればいいのですが」
そう言って、山津がポケットを探り始めた。
「いいですよ、そんなつもりじゃないですから」
「あぁ見つかりました」
山津が取り出したのは、イチゴミルク味のキャンディーだった。
「みんなには内緒ですよ」
「ありがとございます。先生、意外とかわいいものが好きなんですね」
どちらかと言えば、キャンディーよりもせんべいが似合いそうだ。
「いえ、好きなのは私ではなく」
そこまで言いかけて、山津ははっとしたように口をつぐんだ。
「お子さん、とか?」
山津の顔から笑顔が消えた。けれどそれは一瞬のことだった。
「授業、始まってしまいますよ」
山津はいつもの穏やかな笑みのまま、水やりに戻っている。
見間違い、だろうか。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
未来は小さく頭を下げて、その場をあとにした。
ポケットの中で、もらったばかりのキャンディーの袋が、かさりと小さな音を立てた。