「まじかよ……」
 父さんが呟いた。その手には、さっき私が読んだ手紙が広げられている。震える手でそれを握りしめながら、父さんは続けた。
「母さんはよく寝言でごめんね、楓音って言ってたんだ。だから、楓音が母さんを困らせてばかりいるのかと思ってた。俺は仕事ばっかりで、そんなことにも気づけなかった。出張や残業ばかりで、たまの休みには未弦と弓彩のバイオリンを聴いて、話を聞いて、褒めることしかしてなかった」
 振り向くと、父さんの目には涙が浮かんでいた。日記で私のことを「母さんを困らせる天才」と書いていた理由が、今になってようやく分かった気がする。点と点が繋がるように、少しずつ真実が見えてくる。
 それを聞いた母さんは「バカね」と笑っていた。
 ふと、窓際に飾られたディアスシアの花が目に留まった。今、おばあちゃんはいない。それなのに、誰がこの花を飾ったんだろう? 誰からのメッセージなんだろう? その答えは、いくら考えてもわからなかった。
 その夜、私はベッドに横になりながら、奏翔とのトーク画面を眺めていた。何度もメッセージを打っては消して、「これじゃない」と思って消して、同じことを繰り返していた。「ああでもない、こうでもない」と頭の中で考えながら、トーク画面とにらめっこを続けた。
 自分が笑って生きていける人生って、一体どんなものなんだろう? そんな問いに「これが正解だ」と言える答えなんて、最初からないんだろう。それでも、頭に浮かんでくるのは奏翔と過ごしたほんの数日間のことだった。一緒に笑って、泣いて、馬鹿みたいな言い合いをして過ごした日々。思い出すたびに自然と笑みがこぼれる、くだらない会話や言い訳。あの時間は、本当に幸せだった。
 でも、あの時間はもう取り戻せない。たとえ奏翔に「忘れてくれ」と言われても、あまりに鮮明すぎて、忘れるなんてできない。今さら無理な話だ。
 それでも、彼に何を言えばいいのか、まだわからない。進みたくても進めない、自分がまるで泣かず飛ばずのカラスみたいに思えてしまう。そんな自分が、たまらなくもどかしい。
 自己嫌悪に押しつぶされそうになりながら、疲れ切った頭が徐々に眠気に引き込まれていく。
【話がしたい。もし奏翔の中に苦しみがあるなら、それを聞きたい】
 朦朧とする意識の中でその言葉を送り、私は眠りに落ちた。