「ねぇ、ねぇ、なんで起きないの?弓彩だよ、聞こえる?」
受付の人に案内された病室の引き戸には「高吹柚美」と書かれていた。それが私の母さんの名前だ。引き戸を開けると、弓彩が泣きじゃくりながら母さんのベッドにすがりついていた。
「弓彩!」
「……お姉ちゃん」
未弦とその両親が駆け寄ると、弓彩は泣き腫らした顔で未弦に飛びつき、未弦はそれをしっかりと抱きしめた。両親も涙を流しながら、家族で彼女を包み込むように抱きしめる。
私はその光景を横目に、まっすぐ母さんを見つめた。弓彩を慰めることが大事なのは分かっているけど、それは未弦の家族がしてくれている。私はただ、母さんが心配だった。事故の後、母さんが目を覚ましたという知らせは一度も聞いていなかったから。
病室の窓際には、見慣れた淡い赤い花が飾られていた。ディアスシア。おばあちゃんがよく食卓に飾っていた花で、花言葉は「私を許して」。誰が持ってきたのかは分からないけれど、その新鮮さから最近誰かがお見舞いに来ていたことが伺える。
「母さん……」
その花に目もくれず、近くの丸椅子に座り、母さんの手を両手で包み込むようにして握り、声をかけた。細くて弱々しいその手からは、かすかに体温を感じる。横には奏翔が座り、静かに私を見守っていた。
母さんはベッドで人工呼吸器に繋がれ、点滴が刺さった腕からは規則的な音が聞こえてくる。その音は、母さんがまだこの世界に生きていることを示していた。
「ごめん……私があの時、母さんの肩を強く押しちゃったから、こんなことに……十唱も死んでしまった。本当に、ごめんなさい……!」
涙が頬を伝い、母さんの手に力を込める。起きてほしい、目を開けてほしいと願う。でも、もしあの時私が母さんの肩を押さなければ、母さんはあのドライバーに轢かれていたかもしれない。それでも、私は十唱を失わせた一因であることに変わりはない。
何度もその場面を頭の中で繰り返しても、結果は変わらない。タイムリープができるわけでもないし、どんなに後悔しても、現実は残酷に私の前に立ちはだかっている。
それでも、私はここに来る。何年かかっても、遠いから毎日は来れないけど休みの日は必ず足を運ぼう。そして、いつか母さんが目を覚ました時には、ちゃんと向き合って話をしたい。母さんがこのまま目を覚まさずに逝ってしまうなんて、耐えられない。母さんは私をあまり見てくれなかったけれど、私は母さんと話がしたいんだ。
父が私を「母を困らせる天才」と日記で呼んでいたこと、その理由も知りたい。自分の中でどんなに考えても、その答えは見つからないから。母さんにしか分からないことが、きっとあるはずだ。
頭の中で渦巻くモヤモヤとした感情は、整理がつかないまま、私を苦しめ続ける。でも、母さんが目を覚ました時、その全てを母さんと共有できる日が来ることを、私は信じたい。
受付の人に案内された病室の引き戸には「高吹柚美」と書かれていた。それが私の母さんの名前だ。引き戸を開けると、弓彩が泣きじゃくりながら母さんのベッドにすがりついていた。
「弓彩!」
「……お姉ちゃん」
未弦とその両親が駆け寄ると、弓彩は泣き腫らした顔で未弦に飛びつき、未弦はそれをしっかりと抱きしめた。両親も涙を流しながら、家族で彼女を包み込むように抱きしめる。
私はその光景を横目に、まっすぐ母さんを見つめた。弓彩を慰めることが大事なのは分かっているけど、それは未弦の家族がしてくれている。私はただ、母さんが心配だった。事故の後、母さんが目を覚ましたという知らせは一度も聞いていなかったから。
病室の窓際には、見慣れた淡い赤い花が飾られていた。ディアスシア。おばあちゃんがよく食卓に飾っていた花で、花言葉は「私を許して」。誰が持ってきたのかは分からないけれど、その新鮮さから最近誰かがお見舞いに来ていたことが伺える。
「母さん……」
その花に目もくれず、近くの丸椅子に座り、母さんの手を両手で包み込むようにして握り、声をかけた。細くて弱々しいその手からは、かすかに体温を感じる。横には奏翔が座り、静かに私を見守っていた。
母さんはベッドで人工呼吸器に繋がれ、点滴が刺さった腕からは規則的な音が聞こえてくる。その音は、母さんがまだこの世界に生きていることを示していた。
「ごめん……私があの時、母さんの肩を強く押しちゃったから、こんなことに……十唱も死んでしまった。本当に、ごめんなさい……!」
涙が頬を伝い、母さんの手に力を込める。起きてほしい、目を開けてほしいと願う。でも、もしあの時私が母さんの肩を押さなければ、母さんはあのドライバーに轢かれていたかもしれない。それでも、私は十唱を失わせた一因であることに変わりはない。
何度もその場面を頭の中で繰り返しても、結果は変わらない。タイムリープができるわけでもないし、どんなに後悔しても、現実は残酷に私の前に立ちはだかっている。
それでも、私はここに来る。何年かかっても、遠いから毎日は来れないけど休みの日は必ず足を運ぼう。そして、いつか母さんが目を覚ました時には、ちゃんと向き合って話をしたい。母さんがこのまま目を覚まさずに逝ってしまうなんて、耐えられない。母さんは私をあまり見てくれなかったけれど、私は母さんと話がしたいんだ。
父が私を「母を困らせる天才」と日記で呼んでいたこと、その理由も知りたい。自分の中でどんなに考えても、その答えは見つからないから。母さんにしか分からないことが、きっとあるはずだ。
頭の中で渦巻くモヤモヤとした感情は、整理がつかないまま、私を苦しめ続ける。でも、母さんが目を覚ました時、その全てを母さんと共有できる日が来ることを、私は信じたい。