「せっかく付き合ってるんだし、ふたりともあっちで話してきたら?」
 が、藤井に止められた。恋愛となるとどうしても応援したくなるタイプなのかもしれない。勢いよく腕を真上に上げて天井を指差している。つまりあっちとは屋上のことだ。
「先生どこ差してるんですか?って……雨止んでる。それより迫ってるんですよ、定期演奏会」
「練習サボって本読んでた楽采には言われたくないわね」
「萌響ー」
「あたしはただ正論を言っただけよー」
 泉平くん達はじゃれ合いながらも黒いケースから楽器を取り出している。ふたつとも細長くて息を使う楽器っぽいけれど、それぞれ色やら形が違うし、楽器自体久しぶりに見るので名前が思い出せない。 
「あまり濡れてなさそうだし、いいじゃないの」
「先生、屋上は立入禁止じゃ……」
 行って来いと背中を押してくれる藤井。それに首を傾げた奏翔の声を尻目に本棚に立て掛けてある木のハシゴに手を伸ばす。古めかしく重みがあるが両手で抱くように抱え、引き戸を目指して歩いた。今こそあのカギの出番である。
「ちょっ、楓音。俺が持つから、引き戸開けて」 
 私の様子に慌てふためいたように奏翔はハシゴをひょいと取り上げ持って行く。体もほっそりしていて、私より身長が低いのになんて力があるのだろうか。赤子の手をひねるように軽々と運んでいる。
 その様に一瞬見惚れたが、すぐに引き戸を開けに行った。奏翔は「ありがとう」と言いながら天井の扉にハシゴを立て掛けて一段一段登り始める。その顔はこんなことしていいのかと不満げだ。
「あ、カギ閉まってる」
「これ」