「失礼します。三年八組の下原ひなたです。伊藤先生に用があってきました。」

お昼休憩の後、私は
気候変動の要因の一つとなっているであろう、暖房とストーブの同時利用の達人たちが集う職員室のドアをノックする。

「あぁ、下原さん。よろしくお願いします。」

ドアに駆け寄ってきた伊藤先生は、いつものような威厳をまとっておらず、
私は少し驚く。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

一礼する私に、伊藤先生は職員室の中にある自分の席の近くを指で示す。

「あそこの窓際が私の席なので、そこで練習でもいいですか?」

(え、職員室の中で面接練習するの?)

「私としてはどこでも大丈夫ですが…他の先生方のご迷惑とならなければ、大丈夫です。」

大丈夫、を二回繰り返し使わないといけないほど、
大丈夫ではないこの状況に、私は戸惑う。

そんな私をよそに、伊藤先生は笑って言う。

「迷惑にならないですよ。どの先生方も下原さんに期待しているのでね。
それに、廊下で練習となると寒いですし。」

きっと後半部分が本音なのだろう先生に仕方なくついていく。
これが、俗にいう上下関係だ。

「志望動機、活動実績…と。そうですね、はじめましょうか。」

「はい。お願いします。」

職員室の注目が少なからず集まる中、練習が始まった。


「うん、下原さんは大丈夫ですよ。」

「え、大丈夫、ですか…?」

面接練習が終わって職員室を出ようとしたところ、伊藤先生が声をかけてきた。
その言葉の意図がわからなくて、黙ってしまった私に伊藤先生が続ける。

「下原さんにとって、大学受験は、今まで勉強してきた目的ではなくて、
通過点なんだってことがよく伝わりました。」

(…?それっていいことなのか?)

「そうですね…。私にとっては、大学は必須ではなくて、夢を叶えるために必要な手段だったっていう感じだと思います。」

「そうそう。人生、いろんな生き方がありますからねぇ。
いろんな手段で楽しんでいってください。では、また次回の練習で。」

最後は謎の人生観で締めくくられ、私は返事の言葉が見つからず、
「また次回、よろしくお願いします。」
と答えるしかなかった。


「お疲れ様。」

面接練習を終えて教室に戻ってきた私に、星宮君は声をかける。

「うん、ありがとう。」

さっきまでの先生の言葉が頭から離れない私は、気を取り直して、英語の問題を解き始める。

「下原さんって、今、面接練習だよね?」

「うん、そうだよ。」

「面接って、英語なの?」

「いや、日本語だけど…」

私が海外の大学を受けると思っているのかと、
星宮君の質問が引っかかる。

「え、どうして?」

「いや、だって英語の問題解いてるから…」

星宮君に言われた通り、今私の手元にあるのは推薦で受ける予定の大学の赤本。
ただ、筆記試験の問題だから、推薦で受かれば本番解くことはない試験の過去問だ。

「赤本解くのに、理由はいらないよ。」

(いつか、志望大学じゃない大学の問題を解いてた誰かさんみたいにね。)

「それに、英語の問題、私は結構好きだし。」

ほぼ息抜きなんだってことも付け足す。

「いや、俺だったら面接練習だけで、手一杯。」

お手上げ、とでもいうようなポージングで星宮君は言う。
そういう彼は普通に一般選抜なんだって思い出し、大変そうだなと思う。

(落ちたら私の方が大変だけど…)

「まぁ、お互い自分らしく受験していけばいいしね。
推薦だからどうとか、一般だからどうとか、あまり関係ないし。」

その大学に入りさえすれば、あとは何でも自由だし。

そう思った私に、星宮君は付け足す。

「それに、自分らしく闘った方が勝つ確率あがるしね。」

満足げに赤本に向き直り、ペンを走らせる星宮君の横顔に、
目が釘付けになる。

(私らしく、か…)

伊藤先生が「下原さんなら大丈夫」と言ったのは、
私らしさ、が私の言葉、態度、姿勢を通して相手に伝わっているからなんだと
今更思い当たる。

人と話すこと、関わることが不思議と苦ではなくなった自分が、
受験の手段として「面接」を使うことは正解なのかもしれない。

そんな風に思えて、なんだか安心する。

私にとっては、
残すところあと二週間足らずとなった朝学習。

こんな風に、言葉を、考えを交換する相手がいることを大切にしようと思った。