「終わったぁ〜」

文化祭(校内出し物編)が終了したとのアナウンスをするために、
放送室に向かった五十嵐君の他、三年八組はみんな教室に集まっていた。

そして、教室の教卓には、
どこに行ってたのか、やっと教室に戻ってきた小谷先生と、
前売りチケットと引き換えられるはずだったのに、迎えにきてもらえなかった無数のポテトがのっているトレーが置いてあった。

明らかに、余ったポテト争奪戦、になるのだろうなと平和でない空気を予想した私。
いつもの元気の良い三年八組が、食欲旺盛な高校生であることを罪深く感じる。

「皆さんっ!お疲れ様でした!」

お疲れ様、と言っている本人が一番疲れてそうじゃない、
五十嵐君の校内放送が始まった。

文化祭で学んだこと、友情、思い出…いろんな青春ワードが飛び交う中、
五十嵐君はこう締め括った。

「高校最後の文化祭、みんなと過ごせてよかったです!
ありがとうございました!!以上、生徒会長から、閉会の言葉でした。」


ありがとう、一緒に時間を過ごしてくれて。
ありがとう、一緒に思い出を作ってくれて。
ありがとう、あなたの隣に居させてくれて。

感謝の気持ちを伝えることは、簡単だけど、難しい。

校内放送で、なんの抵抗もなく言ってのけてしまう五十嵐君は、
人生、得していると思う。

「では、皆さんお揃いのようですので、帰りのHRを始めていきたいと思います。」

教室の後ろの扉から入る五十嵐君を確認して、小谷先生は帰りのHRを始める。

「まずは…」

教卓の上に置かれたポテトを目にした先生は続ける。

「このポテトをどうするか、話し合いましょうか。」

「はいっ!!」

「なんでしょうか、原さん。」

勢いよく手を挙げた、クラス1のやんちゃボーイ、原君に先生は視線を向ける。

「ズバリ、じゃんけんでっ!」

その声を合図に、みんなが口々にアイデアを共有する。

「え、小谷先生だからあみだくじ、でしょ笑。」

「ここは、午前シフト頑張ってくれた人たちにでしょ。」

「いや、じゃんけんって日が暮れるわ。もう暮れてっけど!」

どんどん騒がしくなる教室に、小谷先生は顔を曇らせる。

その小谷先生が、目を丸くして、私の方を眺めてくる。

(え、私の顔、何かついてる?)

普段、先生の視線を浴びることなんて、授業中の発言以外全くない私が
戸惑った頃、先生が口を開ける。

「星宮さん、どうぞ。」

その言葉に、私の隣で、星宮君が手を挙げていることに気づく。

星宮君はあまり発言しないタイプなので、先生の口から「星宮」という名字が出てきて
三年八組は黙る。

発言権を与えられた星宮君が何を言い出すのか、
固唾を飲んで見守ると、その視線は私に向けられた。

「下原さんは、どう思う?」

「え、私?」

「そう、だって、あのポテトが揚がったのは、下原さんのおかげじゃん。」

星宮君の言葉に、教室が騒ぎ出す。

「えー?どういうこと?」

「あ、あれじゃん!新星委員!」

「仕事頑張ったで賞ってやつ?」

いろんな声が聞こえる中、一番疑問に思っていたのは小谷先生らしく、

「というと…?」

と事情説明を願っている。

「あの、フライヤーが使えなくなってしまって…」

私が口に出したことを後悔したのは、ほんの数秒後で、

「「「「えー!!!」」」」

と誰のものかもわからない叫び声が教室を埋め尽くした。

「静かに、お願いします。」

顔を顰める小谷先生の言葉に、みんな一旦静まり、私の言葉を待つ。

「あの、それで、全然『私のおかげ』みたいではなくて、
家庭科室に揚げ鍋とガスコンロを借りたおかげで、なんとかポテトを揚げることができました。」

私の言葉に、ほーと感心する声が聞こえる。

「ですから、余ったのであれば、家庭科室を使わせてくれた家庭部の皆さんと、
和田先生にあげるべきだと私は考えます。」

「…賛成。」

隣の席に目を向けると、満足そうに星宮君が笑っている。

「そういうことでしたら、下原さんの言うとおり、家庭部の方々と和田先生に渡すべきでしょうかね。」

小谷先生の出した結論に、異議を唱える人は一人もいなかった。
むしろ、

「下原っ、ナイス!」

「ひなたちゃん、ありがとう〜」

「ありがとな、下原!」

クラス中から、ありがとうの喝采を浴びて、少し恥ずかしくなった私がいた。

「いえ、仕事をしただけなので…」

「謙遜しなくていいよ。下原さん、ありがとう。」

お化け屋敷をドタキャンした私なのに、
まだ優しく扱ってくれる星宮君に向き直る。

「星宮君も、ありがとう。」

「え、俺、何もしてないよ?」

とぼける星宮君に私は言葉を選ぶ。

ありがとう、一緒に時間を過ごしてくれて。
ありがとう、一緒に思い出を作ってくれて。
ありがとう、あなたの隣に居させてくれて。

どれも重たすぎて、今の私にはとてもじゃないけど負うことはできない。

だから…ありがとう、

「家庭科室の場所、教えてくれて。」

「…いつでも案内するよ?」

もうこれからは、必要ないかなと笑った私を見て、
星宮君も笑い出す。

こんな秋の始まりの景色が、
冬の始まりも続けばいいのにと願わずにはいられなかった。