二日目。
五十嵐君の宣伝のおかげか、三年八組のポテトは大盛況だった。
前売り食券はすでに完売していたこともあってか、
40袋のポテトがどんどん揚がり、夕方ごろには売り切れ。
売店の出店二日目にして最終日の今日は、
買いたい人が全員ポテトを買えるよう注文数を多くして
50袋のポテトを林さんにお願いしている。
流石に、50袋となると負担が多くなるから、と林さんの近所に住む五十嵐君も家族に車を出してもらうようお願いしたらしい。
八時に到着するだろう林さん、五十嵐君、そして八時開始のシフトのクラスメイトたちを待ちながら、
今日も私と星宮君は教室で勉強している。
昨日に引き続いて、英語の問題を解いている星宮君は不意に口をひらく。
「英作文って、意外と難しいよな〜。」
そうだね、と返そうとして思いとどまる。
「意外と?」
「そ、他の問題と違って自由がきく分、どこまで書いてよくて、どこからがダメかわからん。」
確かに、星宮君のいう通りだ。
英作文の問題は、だいたい課題英作文だが、「AとBどちらがいいと思いますか?その理由も含めて述べなさい。」となってくると、AとBどちらを選んでも英作文は書けるし、Aを選んだからダメなんていう雑な採点もない。100語程度なんていう紛らわしい語数制限だと、105語書いた方がいいのかな、なんて変なところで悩まされる。
「自分で決める、というか線引きするの、確かに難しいよね。」
「そうなんだよな。自分の主張を裏付けるための理由もたらたら書いてたらsecond pointまで辿り着かないし…」
星宮君の口からこぼれる英語が、ナチュラルすぎて耳が驚く。
「文化新星委員の仕事も、どこまでが私のやるべきことで、どこからは任せても大丈夫か、全くわからない。
誰かマジックペンでも持ってきて線引いて欲しいもん。」
「マジックペン?」
つきっきりの一日に疲れていたのか、セリフを考える前に口から滑り落ちていた。
その言葉に、星宮君は苦笑いする。
「そうだよ。だって、曖昧な役職だから、私の他に監督してくれる人を立ててもいいのか悩むよ。」
他のクラスの出し物なんて一歩も足を踏み入れていない私。
誰かに任せて、普通の文化祭の一日を過ごしたいのかもしれないと、自分の言葉から考える。
「いいと思うよ。任せても。」
悩んでいるのか、不機嫌なのか、俯いていた私に星宮君は言う。
「それに、高校生活最後の文化祭でしょ?下原さんも楽しんでいいんじゃないかな?」
甘い囁きに、それもそうだと思ってしまう。
しかし、私の理性も負けじと反論し返す。
「え、でもクラスのことほったらかしにしておいたら…」
「ほったらかしじゃないよ。みんなもう大人の一歩手前だし。大丈夫。」
普段の三年八組をちゃんと見ているのか、星宮君は説得力のかけらもない理由づけをする。
そんなに言ってまで、私が文化新星委員という肩書きを重く背負わなくてもいい、と伝えたいのかな?と言葉の意図を汲み取る。
「…そうだね。じゃあ、午後からは誰かに監督任せて、ちょっと文化祭、回ってみようかな。」
「おっ!いいじゃん。」
自分の説得がうまくいったことに喜んだのか、星宮君は笑顔になる。
「ついでにさ、午後からは俺、シフトないよ。」
「そっか…」
(いや、だって星宮君朝学習のついで、と言いながら朝のシフトにしたんじゃん。)
なんと返せばいいのかわからなくて、
文化祭のカタログを広げて午後からの計画を立て始める。
ふと、パソコン部の後輩たちが彼らのクラスの出し物であるお化け屋敷に誘ってきたことを思い出す。
(確か、四組だったよな…)
地図も読めない私が、必死に校内マップと睨めっこをする。
やっとのことで見つかった「二年四組」と書いてあるボックスに、
大きな注意マークがひっついていた。
「前売りチケット制・要予約…」
自動読み上げ装置かのようになってしまった私に、星宮君が声をかける。
「前売りチケット?」
「いや、パソコン部の後輩がね…」
誘ってくれたのに、文化新星委員の仕事で忙しいだろう、と断ってしまっていたこと、
そして、今更行こうと思ったけど、チケットがないから行けない…
ざっくりとした事情を伝えた後、星宮君が口を開いた。
「俺、そのチケット持ってるよ。」
「…星宮君は、計画的だね。」
当たり前だけど、毎年人気のお化け屋敷の前売りチケットは、
購入する日時をしっかりスケジュール帳にメモし、販売開始前から列に並ばなくてはいけない。
そこまで考えることができなかった私の隣に座る星宮君は、なんて管理能力が高いのだろう(私が低すぎるだけだけど…)と一目置く。
「いや、俺じゃなくて、五十嵐が買ってきたんだよね。」
「五十嵐君が?」
「あいつも、生徒会の後輩がいるらしくてさ…
で、『晴輝の怖がるとこ写真に撮る』ってウキウキしてたくせに、
生徒会の見回りの仕事、すっかり忘れてたらしいよ。」
ほら、と言いながら星宮君はカバンの中からチケットを取り出す。
私に差し出された右手には、お化け屋敷のチケットが二枚握られていた。
「元は、五十嵐のだったけど…行けなくなったから俺がもらった。
『誰か誘って行ってこいっ。俺の代わりなんて見つからないだろうけどなっ』
だってさ。」
五十嵐君が言いそうなセリフを星宮君が口にするから、
らしくなくて笑ってしまう。
どこからこの星宮君との話が始まったのか、すっかり忘れてしまい、
「ごめん、話、脱線しちゃってたね…」
と謝る。
「いや、いいよ。」
別に、なんでもないと星宮君は応える。
「お化け屋敷、楽しんできてね。」
チケットを片手に持つ星宮君に言葉をかけ、
再度校内マップに目を落とし、「前売りチケット・要予約」なんていう注意書きがないところを探し始める。
「下原さんさ…」
マップから目を離して星宮君を見返す。
「お化け屋敷、一緒に行かない?」
「…へ?」
渡される一枚のチケットと、星宮君のセリフにキャパオーバーの私。
「おはよーっ!ポテトのお届け物ですっ!!」
「朝からうるせー。」
「何よっ!」
勢いよく開く扉と、いつもの二人のやり取りに、再び息を吹き返した私は、
朝学習を終了させた。
五十嵐君の宣伝のおかげか、三年八組のポテトは大盛況だった。
前売り食券はすでに完売していたこともあってか、
40袋のポテトがどんどん揚がり、夕方ごろには売り切れ。
売店の出店二日目にして最終日の今日は、
買いたい人が全員ポテトを買えるよう注文数を多くして
50袋のポテトを林さんにお願いしている。
流石に、50袋となると負担が多くなるから、と林さんの近所に住む五十嵐君も家族に車を出してもらうようお願いしたらしい。
八時に到着するだろう林さん、五十嵐君、そして八時開始のシフトのクラスメイトたちを待ちながら、
今日も私と星宮君は教室で勉強している。
昨日に引き続いて、英語の問題を解いている星宮君は不意に口をひらく。
「英作文って、意外と難しいよな〜。」
そうだね、と返そうとして思いとどまる。
「意外と?」
「そ、他の問題と違って自由がきく分、どこまで書いてよくて、どこからがダメかわからん。」
確かに、星宮君のいう通りだ。
英作文の問題は、だいたい課題英作文だが、「AとBどちらがいいと思いますか?その理由も含めて述べなさい。」となってくると、AとBどちらを選んでも英作文は書けるし、Aを選んだからダメなんていう雑な採点もない。100語程度なんていう紛らわしい語数制限だと、105語書いた方がいいのかな、なんて変なところで悩まされる。
「自分で決める、というか線引きするの、確かに難しいよね。」
「そうなんだよな。自分の主張を裏付けるための理由もたらたら書いてたらsecond pointまで辿り着かないし…」
星宮君の口からこぼれる英語が、ナチュラルすぎて耳が驚く。
「文化新星委員の仕事も、どこまでが私のやるべきことで、どこからは任せても大丈夫か、全くわからない。
誰かマジックペンでも持ってきて線引いて欲しいもん。」
「マジックペン?」
つきっきりの一日に疲れていたのか、セリフを考える前に口から滑り落ちていた。
その言葉に、星宮君は苦笑いする。
「そうだよ。だって、曖昧な役職だから、私の他に監督してくれる人を立ててもいいのか悩むよ。」
他のクラスの出し物なんて一歩も足を踏み入れていない私。
誰かに任せて、普通の文化祭の一日を過ごしたいのかもしれないと、自分の言葉から考える。
「いいと思うよ。任せても。」
悩んでいるのか、不機嫌なのか、俯いていた私に星宮君は言う。
「それに、高校生活最後の文化祭でしょ?下原さんも楽しんでいいんじゃないかな?」
甘い囁きに、それもそうだと思ってしまう。
しかし、私の理性も負けじと反論し返す。
「え、でもクラスのことほったらかしにしておいたら…」
「ほったらかしじゃないよ。みんなもう大人の一歩手前だし。大丈夫。」
普段の三年八組をちゃんと見ているのか、星宮君は説得力のかけらもない理由づけをする。
そんなに言ってまで、私が文化新星委員という肩書きを重く背負わなくてもいい、と伝えたいのかな?と言葉の意図を汲み取る。
「…そうだね。じゃあ、午後からは誰かに監督任せて、ちょっと文化祭、回ってみようかな。」
「おっ!いいじゃん。」
自分の説得がうまくいったことに喜んだのか、星宮君は笑顔になる。
「ついでにさ、午後からは俺、シフトないよ。」
「そっか…」
(いや、だって星宮君朝学習のついで、と言いながら朝のシフトにしたんじゃん。)
なんと返せばいいのかわからなくて、
文化祭のカタログを広げて午後からの計画を立て始める。
ふと、パソコン部の後輩たちが彼らのクラスの出し物であるお化け屋敷に誘ってきたことを思い出す。
(確か、四組だったよな…)
地図も読めない私が、必死に校内マップと睨めっこをする。
やっとのことで見つかった「二年四組」と書いてあるボックスに、
大きな注意マークがひっついていた。
「前売りチケット制・要予約…」
自動読み上げ装置かのようになってしまった私に、星宮君が声をかける。
「前売りチケット?」
「いや、パソコン部の後輩がね…」
誘ってくれたのに、文化新星委員の仕事で忙しいだろう、と断ってしまっていたこと、
そして、今更行こうと思ったけど、チケットがないから行けない…
ざっくりとした事情を伝えた後、星宮君が口を開いた。
「俺、そのチケット持ってるよ。」
「…星宮君は、計画的だね。」
当たり前だけど、毎年人気のお化け屋敷の前売りチケットは、
購入する日時をしっかりスケジュール帳にメモし、販売開始前から列に並ばなくてはいけない。
そこまで考えることができなかった私の隣に座る星宮君は、なんて管理能力が高いのだろう(私が低すぎるだけだけど…)と一目置く。
「いや、俺じゃなくて、五十嵐が買ってきたんだよね。」
「五十嵐君が?」
「あいつも、生徒会の後輩がいるらしくてさ…
で、『晴輝の怖がるとこ写真に撮る』ってウキウキしてたくせに、
生徒会の見回りの仕事、すっかり忘れてたらしいよ。」
ほら、と言いながら星宮君はカバンの中からチケットを取り出す。
私に差し出された右手には、お化け屋敷のチケットが二枚握られていた。
「元は、五十嵐のだったけど…行けなくなったから俺がもらった。
『誰か誘って行ってこいっ。俺の代わりなんて見つからないだろうけどなっ』
だってさ。」
五十嵐君が言いそうなセリフを星宮君が口にするから、
らしくなくて笑ってしまう。
どこからこの星宮君との話が始まったのか、すっかり忘れてしまい、
「ごめん、話、脱線しちゃってたね…」
と謝る。
「いや、いいよ。」
別に、なんでもないと星宮君は応える。
「お化け屋敷、楽しんできてね。」
チケットを片手に持つ星宮君に言葉をかけ、
再度校内マップに目を落とし、「前売りチケット・要予約」なんていう注意書きがないところを探し始める。
「下原さんさ…」
マップから目を離して星宮君を見返す。
「お化け屋敷、一緒に行かない?」
「…へ?」
渡される一枚のチケットと、星宮君のセリフにキャパオーバーの私。
「おはよーっ!ポテトのお届け物ですっ!!」
「朝からうるせー。」
「何よっ!」
勢いよく開く扉と、いつもの二人のやり取りに、再び息を吹き返した私は、
朝学習を終了させた。