秋の色合いが深まり、少し肌寒く感じる十一月。
文化の日に、学校近くの文化会館を借りて
吹奏楽部の発表、パソコン部の発表、合唱部によるアカペラコンサート、そして有志のバンドライブ。
大いに盛り上がるフィナーレに向けて、
学校内では三日間にわたって、一、二年の企画店や
三年の模擬店が開かれる。
その準備に追われた新星委員。
十月は、企画内容「ポテトの大量生産」を実現するための商品注文、書類提出、
フライヤーの手配など、仕事が山ほどあった。
ただ、新星委員でもない顔の広い五十嵐君が
コネを使って色々と手伝ってくれたおかげで、なんとか準備は整った。
ほんと、彼はただ単にいい人なんだろうと思う。
三年八組の企画。
シフト制で朝八時から調理OKというルールに従い、八時集合。
十分で完成するという冷凍ポテトをとりあえず八分間揚げ、
アルミホイルを敷き詰めた発泡スチロールの箱の中に入れる。
これは、五十嵐君のアイデアで、楽チン・保温ボックスだ。
この作業を十一時まで繰り返す、八時から十一時のシフト。
そして、十一時から十五時まで、残り二分の揚げ時間と接客を担当するシフト。
「揚げたてポテト」を実現するためにはどうするか、という話し合いの際、
林さんが「注文されてから二度揚げすればいいっ!」
と発言したことがキッカケで生み出された「時間差揚げ」。
これくらいのクリエイティビティが普段の授業で発揮されればな、と
沈黙の国語の授業に想いをはせる。
その後、十七時で完全閉店だから、
十五時からのシフトの人は十八時までの片付けも担当する。
そして、私のシフトは…「八時から十八時まで」だ。
新星委員、という肩書きをもらっている以上、
三年八組で起こっていることは全部把握しておきたいし、
何より責任者だ。
そういうわけで、調理担当にも、接客担当にも扮することができるよう、
三角巾とエプロンを片手に学校に行く。
文化祭、というイベントであっても
(というか、受験生の十一月って結構それどころじゃない。)
朝学習、来てるかなと思いながら教室の扉を開ける。
前日準備で机の移動やら黒板の装飾、
そして油羽防止のために新聞紙が敷き詰められた床、という異様な教室。
注文受付用に残しておいた机で、星宮君はノートを広げていた。
「おはよう。」
よほど集中していたのだろう、
私の声にハッと星宮君は顔をあげる。
「おはよう、下原さん。今日も早いね。」
そっちこそ、といつも返しているけど
今日はそんな気分じゃなくて
うん、と頷く。
注文受付用のスペースに残されたもう一つの机に荷物を置き、
椅子に腰掛ける。
私の貧血以来、質問をあまりしなくなった星宮君をチラリと見る。
「ずいぶん、考え込んでたね。」
「あー、うん。どうしてもわからなくて。」
「え、どこが?」
ノートを覗き込む私に
ここ、と星宮君はシャーペンで囲む。
そこには、Thanks to〜で始まる英文が載っていた。
「俺は、Because of と思って書いたんだけど、
模範解答はThanks toなんだよね。」
「そして、その理由も書いていない、と。」
「そうなんだよ。模範って手荒く作ってるよなぁ、赤本って。」
そうだね、と返すと赤本を作った人に申し訳ないから少し黙る。
「あれじゃない?Because of だと、AとBという二つの事象をつなげてるだけって感じがする。」
「つなげてるだけ?」
私の日本語に首を傾げる星宮君。
「そう、なんかAがあってBになりました〜、みたいな原因と結果、因果関係。」
「なるほど…」
「それで、Thanks toは、Aというものはもともとある。だけど、Bにたどりつくためにはその主体の努力がないといけない。
まっすぐ繋がってるわけではないんだよね。」
「つまり、Thanks to your corporation and kindness, I could enter the university.
と言うと確かに、あなたの協力、親切さのおかげというニュアンスは含むけど一方で、あなたの協力と親切さを有意義に使った自分も存在するっていうこと…であってる?」
Thanks to Because of の使い方なのか、例文の内容なのか
何に対する合ってる?なのか定かでないけど、
「そういうこと。」
と受け流すことにする。
「でも、私の主観的な考えだから、後でちゃんと辞書で調べたほうがいいと思う。」
思いつきで発言していた私を思い出し、星宮君に告げる。
「いや、下原さんの言っていることで合ってると思うから、大丈夫。」
(私のことを信じ切らないほうがいいんじゃないかな…)
キッパリ言い放つ星宮君に
「まぁ、調べて損はないよ…?」
と声をかける。
そんな私を気にも留めず、
大丈夫、大丈夫。と星宮君は早速次の問題に取り掛かろうとしている。
この日は結局、
八時シフトの子達の登場で朝学習終了になった。
「持ってきたよ〜!!」
スーパーのすぐ近くに住んでいるから、という理由で
大量のポテトの仕入れを引き受けてくれた林さんの到着を合図に、
一斉にポテトを揚げ始める。
この先、三日間同じ景色を見るのだと思うと、
もうこれから一年間はポテトと顔を合わせたくない、なんて考えてしまう。
同じ作業を続けること、三時間。
「皆さん、おはようございますっ!」
聞き慣れた声が、スピーカーから大音量で流れてきた。
「生徒会長の五十嵐颯太です。
本日は、待ちに待った文化祭っ!」
お決まりのセリフの後に、元気な声が続く。
教室では、
五十嵐君だぁ〜と互いに顔を見合わせて頬を赤らめる女子たちがたくさんいる。
体育のハンドボールの授業でなぜか、「危ないから」と言ってメガネを外して以来、
五十嵐君に黄色い取り巻きがつくようになってしまった。
注意事項、開店時間、完全下校時間など事務的な連絡が続く放送。
これで終わりかなと思った頃、すぅと息を吸う音に続き、
「三年八組の揚げたてポテトもよろしくお願いしますっ!
以上、生徒会長からでしたっ!」
ちゃっかり宣伝までしてしまう五十嵐君に、
教室では笑い声が生まれた。
こうして幕を開けた高校生活最後の文化祭。
文化新星委員として、教室の調理班につきっきりだった私の一日は終了した。
文化の日に、学校近くの文化会館を借りて
吹奏楽部の発表、パソコン部の発表、合唱部によるアカペラコンサート、そして有志のバンドライブ。
大いに盛り上がるフィナーレに向けて、
学校内では三日間にわたって、一、二年の企画店や
三年の模擬店が開かれる。
その準備に追われた新星委員。
十月は、企画内容「ポテトの大量生産」を実現するための商品注文、書類提出、
フライヤーの手配など、仕事が山ほどあった。
ただ、新星委員でもない顔の広い五十嵐君が
コネを使って色々と手伝ってくれたおかげで、なんとか準備は整った。
ほんと、彼はただ単にいい人なんだろうと思う。
三年八組の企画。
シフト制で朝八時から調理OKというルールに従い、八時集合。
十分で完成するという冷凍ポテトをとりあえず八分間揚げ、
アルミホイルを敷き詰めた発泡スチロールの箱の中に入れる。
これは、五十嵐君のアイデアで、楽チン・保温ボックスだ。
この作業を十一時まで繰り返す、八時から十一時のシフト。
そして、十一時から十五時まで、残り二分の揚げ時間と接客を担当するシフト。
「揚げたてポテト」を実現するためにはどうするか、という話し合いの際、
林さんが「注文されてから二度揚げすればいいっ!」
と発言したことがキッカケで生み出された「時間差揚げ」。
これくらいのクリエイティビティが普段の授業で発揮されればな、と
沈黙の国語の授業に想いをはせる。
その後、十七時で完全閉店だから、
十五時からのシフトの人は十八時までの片付けも担当する。
そして、私のシフトは…「八時から十八時まで」だ。
新星委員、という肩書きをもらっている以上、
三年八組で起こっていることは全部把握しておきたいし、
何より責任者だ。
そういうわけで、調理担当にも、接客担当にも扮することができるよう、
三角巾とエプロンを片手に学校に行く。
文化祭、というイベントであっても
(というか、受験生の十一月って結構それどころじゃない。)
朝学習、来てるかなと思いながら教室の扉を開ける。
前日準備で机の移動やら黒板の装飾、
そして油羽防止のために新聞紙が敷き詰められた床、という異様な教室。
注文受付用に残しておいた机で、星宮君はノートを広げていた。
「おはよう。」
よほど集中していたのだろう、
私の声にハッと星宮君は顔をあげる。
「おはよう、下原さん。今日も早いね。」
そっちこそ、といつも返しているけど
今日はそんな気分じゃなくて
うん、と頷く。
注文受付用のスペースに残されたもう一つの机に荷物を置き、
椅子に腰掛ける。
私の貧血以来、質問をあまりしなくなった星宮君をチラリと見る。
「ずいぶん、考え込んでたね。」
「あー、うん。どうしてもわからなくて。」
「え、どこが?」
ノートを覗き込む私に
ここ、と星宮君はシャーペンで囲む。
そこには、Thanks to〜で始まる英文が載っていた。
「俺は、Because of と思って書いたんだけど、
模範解答はThanks toなんだよね。」
「そして、その理由も書いていない、と。」
「そうなんだよ。模範って手荒く作ってるよなぁ、赤本って。」
そうだね、と返すと赤本を作った人に申し訳ないから少し黙る。
「あれじゃない?Because of だと、AとBという二つの事象をつなげてるだけって感じがする。」
「つなげてるだけ?」
私の日本語に首を傾げる星宮君。
「そう、なんかAがあってBになりました〜、みたいな原因と結果、因果関係。」
「なるほど…」
「それで、Thanks toは、Aというものはもともとある。だけど、Bにたどりつくためにはその主体の努力がないといけない。
まっすぐ繋がってるわけではないんだよね。」
「つまり、Thanks to your corporation and kindness, I could enter the university.
と言うと確かに、あなたの協力、親切さのおかげというニュアンスは含むけど一方で、あなたの協力と親切さを有意義に使った自分も存在するっていうこと…であってる?」
Thanks to Because of の使い方なのか、例文の内容なのか
何に対する合ってる?なのか定かでないけど、
「そういうこと。」
と受け流すことにする。
「でも、私の主観的な考えだから、後でちゃんと辞書で調べたほうがいいと思う。」
思いつきで発言していた私を思い出し、星宮君に告げる。
「いや、下原さんの言っていることで合ってると思うから、大丈夫。」
(私のことを信じ切らないほうがいいんじゃないかな…)
キッパリ言い放つ星宮君に
「まぁ、調べて損はないよ…?」
と声をかける。
そんな私を気にも留めず、
大丈夫、大丈夫。と星宮君は早速次の問題に取り掛かろうとしている。
この日は結局、
八時シフトの子達の登場で朝学習終了になった。
「持ってきたよ〜!!」
スーパーのすぐ近くに住んでいるから、という理由で
大量のポテトの仕入れを引き受けてくれた林さんの到着を合図に、
一斉にポテトを揚げ始める。
この先、三日間同じ景色を見るのだと思うと、
もうこれから一年間はポテトと顔を合わせたくない、なんて考えてしまう。
同じ作業を続けること、三時間。
「皆さん、おはようございますっ!」
聞き慣れた声が、スピーカーから大音量で流れてきた。
「生徒会長の五十嵐颯太です。
本日は、待ちに待った文化祭っ!」
お決まりのセリフの後に、元気な声が続く。
教室では、
五十嵐君だぁ〜と互いに顔を見合わせて頬を赤らめる女子たちがたくさんいる。
体育のハンドボールの授業でなぜか、「危ないから」と言ってメガネを外して以来、
五十嵐君に黄色い取り巻きがつくようになってしまった。
注意事項、開店時間、完全下校時間など事務的な連絡が続く放送。
これで終わりかなと思った頃、すぅと息を吸う音に続き、
「三年八組の揚げたてポテトもよろしくお願いしますっ!
以上、生徒会長からでしたっ!」
ちゃっかり宣伝までしてしまう五十嵐君に、
教室では笑い声が生まれた。
こうして幕を開けた高校生活最後の文化祭。
文化新星委員として、教室の調理班につきっきりだった私の一日は終了した。