翌日。
文化新星委員には立候補できないけど、
文化祭のアイデアだけは持ち合わせている三年八組を前に、
私は教卓に立っていた。
チョークを片手に、三年八組の出し物の候補を黒板に書き写していく。
フルーツ串、
フランクフルト、
焼き鳥、
チョコバナナ、
チーズハットグ、
なぜか串に刺さっているものばかりが挙げられているが、
この中から準備や予算を考えながら希望を絞っていく必要がある。
夏休み明けの初日から放課後に委員会があった私は、
文化新星委員として説明を受けてきた。
飲食関係については、色々となぜ存在するのか分からないルールがたくさんあり、
その中の一つに「調理工程の制限」というものがあった。
例えば、調理工程とは、焼く、炒める、揚げるなどの一般的な調理方法だけでなく、
串にさす、という行為も含まれており、
フルーツ串の場合は、冷凍フルーツを解凍する、解凍したものを串にさす、という二つの工程のみだから実現可能。
チョコバナナの場合は、バナナを串にさす、チョコレートを溶かす、チョコレートをバナナにつける、冷やす、という四つの工程になるから実現不可能。
そんな制限があるから、挙げられた候補を眺めながら、
どれも大変そう、もしくは、予算が大きそうとしか思えなかった。
なるべく、楽をしたいという思いはみんな共通で持っているだろうけど、
何が大変で何が楽なのかという判断基準は誰も持ち合わせていないらしい。
文化祭は十一月。
準備は二ヶ月だから、現実的なものがいいな。
叶いそうにない希望を胸に、黒板と対峙していると、
「ポテトってどうっすか?」
いつの間にか隣に来ていた五十嵐君が声をかけてくる。
「ポテト?」
あーね!ポテトいいねー、
てか、マックのポテト、値上げしたよね、
そうそう、だからポテト結構需要あるかも、
おっしゃー、儲かるぜぇ…
五十嵐君の発言に、みんながさまざまにリアクションする。
「ほら、ポテトって揚げるだけだし、その後袋にでも入れて提供すれば完璧やろ?
して、ポテトって安価だから大量生産も可能。フライヤーさえ借りれれば、たいしてお金使わないよ。」
唖然とする私をよそに、五十嵐君は説明してくれる。
え、お金使わなかったら、利益そのまま俺らのじゃね?
え、利益分得するの?
お金、というワードに反応した一部の人たちに五十嵐君は言う。
「いや、そもそも文化祭の制作費自体は生徒会の予算から出ているってことになってるから、
利益が出たとしても、それは学校の会計に返さないといけない、です…。」
五十嵐君本人も納得していないルールなのか、
少し苦し紛れに言い放つ。
「あ、じゃあ、利益のこと考えず、めっちゃ安いポテトをめっちゃ売ったらいいんじゃね?」
クラスの誰かが口に出し、いいねーと口々に賛同する声が聞こえ始める。
文化新星委員として全く仕事ができていないなと自覚した私は、
意見をまとめようと声を張り上げる。
「では、五十嵐君が提案してくれたポテトも含めて、すべての候補について
多数決を取ろうと思います。」
私の声に気付き、みんなが静まってくれる。
(こんな時に静かになれるのは、切り替え能力が素晴らしいということだろうな)
なんて、半分誇らしく思う。
「では、顔を伏せてもらって、
私が候補を言っていくので、手を挙げて投票してください。」
公平性を確保するために、周りの影響を最小限にするために、
顔を伏せてもらって個人の回答が特定されないようにする。
「では、まずフルーツ串がいい人…」
名前を言って手を挙げてもらう、
そのつもりだったのに、最終候補のポテトになるまで
誰一人として手を挙げなかった。
「では、ポテトがいいと思う人…」
ポテト、という言葉を聞いた瞬間に、
みんながザッと手を挙げた。
(これじゃ、見えなくても雰囲気で周りの意見に左右されてそう…)
と顔を伏せる意味を改めて考え直した私をよそに、
三年八組の出し物は満場一致でポテトに決定した。
その日の放課後、
「早速、準備進めてこーぜっ!」
と張り切った五十嵐君に押されて、教室に居残っていた私。
生徒会長の五十嵐君が隣にいてくれるおかげで、
ほとんど私が調べることはなく、五十嵐君が教えてくれるままに事が運んでいく。
「なんか、文化新星委員っていう肩書きだけもらっていて申し訳ない…」
文化新星委員の私がいなくっても大丈夫なんだろうな
と勝手に五十嵐君を頼りにしてしまっている。
「いや、いいよ。俺も、やりたくてやってるだけだから。」
いつものようにニカッと笑って答えてくる五十嵐君が本当にいい人なんだなって気づく。
「ありがとう。」
「おうよ。」
プランシートを記入しながら私の言葉にリアクションしていた五十嵐君。
着々とプランシートが埋められていくことを確認し、
そろそろ家に帰ると親に連絡しようと思っていた時、
「文化祭、懐かしいな〜」
と五十嵐君がふと口を開く。
(え、懐かしい?)
文化祭とは毎年あるもので、
懐かしいと感じる要素がどこにも見つからなかった私は首を傾げる。
そんな私に気づいたのか、
「あ、いや、文化祭自体は毎年あるんだけど、
中三の文化祭を思い出してさ。」
なるほど、高校最後の文化祭と中学校最後の文化祭をかけているのか、
と半納得する。
「まさか、高校最後も、
ゆりと晴輝と一緒に文化祭できると思わなかったけどね。」
そう言って目を細めて笑う五十嵐君に、気になって尋ねてみる。
「五十嵐君って、星宮君たちと同じ中学校だったの?」
「うん、そう。ただ、晴輝だけは中三からしか一緒じゃなかったけどね。」
「え、中三から?」
「いや、元々小学校が同じでさ、あの二人とは腐ってない腐れ縁?ってヤツかな。
で、晴輝は親の都合で、小四でハンガリーかオーストリアに引っ越して、中三で戻ってきたんだよな。
だから、一年間だけ中学校は一緒だった。」
林さんの幼馴染、という表現とは違って
腐れ縁なんて言葉を使うことに五十嵐君らしさを感じる。
「え、星宮君、海外いたの?」
五十嵐君の言葉選びなんかよりも、
初耳の情報が多すぎて頭が混乱してくる。
「うん、そうそう。
だから文化祭って聞くと帰ってきた晴輝と文化祭できて良かったなぁみたいな
思い出がなんか呼び起こされる笑。」
「そうだったんだ…。」
星宮君のこと、何にも知らないんだなって
改めて気付かされる。
毎朝一緒にいるのに、どうしても
心の距離を感じてしまうのはどうしてなのか、
私も、星宮君もお互い話していないことが多すぎる。
「下原は?」
星宮君のことで、頭がいっぱいの私に五十嵐君が声をかける。
「え、私?ずっと日本暮らしだけど。」
「いや、そこじゃなくて。文化祭、懐かしくない?」
「あ、そっちね。」
星宮君と海外の印象が強すぎて、
文化祭について話していたことをすっかり忘れてしまっていた。
文化祭、なんて聞いても
過去のことは思い出したくないし、
過ぎ去ったことを嘆いても懐かしんでも意味がない。
そう思った私は、五十嵐君に答えるべき言葉を探す。
「大学の文化祭、楽しみだなぁって思う。」
「え、大学?」
きょとんとした五十嵐君に私は続ける。
「うん。過去のものを振り返るよりも、
未来で待っている現実を見つめている方が私は好きかも。」
目の前に高校の文化祭が迫っていると言うのに、
私は次の次について考えている。
受験勉強の合間に見た、
去年の大学の文化祭のビデオ。
真っ白な半紙に
大きなつばめのような校章を描いた書道サークルの発表。
それに続く、盛大な吹奏楽部の演奏。
校舎を彩る美術部の作品。
理系の大学なのに、文化部の存在が活かされていて、
かっこいいと思った。
そして、来年の春は、
私もその一員になりたいって思った。
そんな、大学への憧れを胸に抱く私をよそに、
「へぇー。」
と私の答えに納得がいかない、とでもいうような顔をしている五十嵐君。
そんな彼にこれ以上どんな言葉をかければいいのか、
脳内辞書のキャパオーバーに巡り合った私。
五十嵐君の手元にあるプランシートが埋まっていることを確認し、
「そろそろ帰ろっか。」
と口を開く。
「あ、うん。そうだな。」
生徒会長が完全下校時間を破ってはいけない、
とでも思ったのだろうか、時計を確認した五十嵐君は帰る準備を始める。
じゃあ、また明日。そう言おうとした私に、
五十嵐君とは帰る方向が同じという現実が降りかかる。
「次、43か。それ逃したら08か…」
「そうだね、あと10分、頑張って自転車漕いだら間に合うかも。」
「ハハッ。数字だけで通じるとか、下原つえー。」
意味のわからないことを言う五十嵐君に、
はいはい、と曖昧に返事をしてバタバタと教室を飛び出す。
結局その日、
目の前で出発した電車を見送り、08を待つことになった。
文化新星委員には立候補できないけど、
文化祭のアイデアだけは持ち合わせている三年八組を前に、
私は教卓に立っていた。
チョークを片手に、三年八組の出し物の候補を黒板に書き写していく。
フルーツ串、
フランクフルト、
焼き鳥、
チョコバナナ、
チーズハットグ、
なぜか串に刺さっているものばかりが挙げられているが、
この中から準備や予算を考えながら希望を絞っていく必要がある。
夏休み明けの初日から放課後に委員会があった私は、
文化新星委員として説明を受けてきた。
飲食関係については、色々となぜ存在するのか分からないルールがたくさんあり、
その中の一つに「調理工程の制限」というものがあった。
例えば、調理工程とは、焼く、炒める、揚げるなどの一般的な調理方法だけでなく、
串にさす、という行為も含まれており、
フルーツ串の場合は、冷凍フルーツを解凍する、解凍したものを串にさす、という二つの工程のみだから実現可能。
チョコバナナの場合は、バナナを串にさす、チョコレートを溶かす、チョコレートをバナナにつける、冷やす、という四つの工程になるから実現不可能。
そんな制限があるから、挙げられた候補を眺めながら、
どれも大変そう、もしくは、予算が大きそうとしか思えなかった。
なるべく、楽をしたいという思いはみんな共通で持っているだろうけど、
何が大変で何が楽なのかという判断基準は誰も持ち合わせていないらしい。
文化祭は十一月。
準備は二ヶ月だから、現実的なものがいいな。
叶いそうにない希望を胸に、黒板と対峙していると、
「ポテトってどうっすか?」
いつの間にか隣に来ていた五十嵐君が声をかけてくる。
「ポテト?」
あーね!ポテトいいねー、
てか、マックのポテト、値上げしたよね、
そうそう、だからポテト結構需要あるかも、
おっしゃー、儲かるぜぇ…
五十嵐君の発言に、みんながさまざまにリアクションする。
「ほら、ポテトって揚げるだけだし、その後袋にでも入れて提供すれば完璧やろ?
して、ポテトって安価だから大量生産も可能。フライヤーさえ借りれれば、たいしてお金使わないよ。」
唖然とする私をよそに、五十嵐君は説明してくれる。
え、お金使わなかったら、利益そのまま俺らのじゃね?
え、利益分得するの?
お金、というワードに反応した一部の人たちに五十嵐君は言う。
「いや、そもそも文化祭の制作費自体は生徒会の予算から出ているってことになってるから、
利益が出たとしても、それは学校の会計に返さないといけない、です…。」
五十嵐君本人も納得していないルールなのか、
少し苦し紛れに言い放つ。
「あ、じゃあ、利益のこと考えず、めっちゃ安いポテトをめっちゃ売ったらいいんじゃね?」
クラスの誰かが口に出し、いいねーと口々に賛同する声が聞こえ始める。
文化新星委員として全く仕事ができていないなと自覚した私は、
意見をまとめようと声を張り上げる。
「では、五十嵐君が提案してくれたポテトも含めて、すべての候補について
多数決を取ろうと思います。」
私の声に気付き、みんなが静まってくれる。
(こんな時に静かになれるのは、切り替え能力が素晴らしいということだろうな)
なんて、半分誇らしく思う。
「では、顔を伏せてもらって、
私が候補を言っていくので、手を挙げて投票してください。」
公平性を確保するために、周りの影響を最小限にするために、
顔を伏せてもらって個人の回答が特定されないようにする。
「では、まずフルーツ串がいい人…」
名前を言って手を挙げてもらう、
そのつもりだったのに、最終候補のポテトになるまで
誰一人として手を挙げなかった。
「では、ポテトがいいと思う人…」
ポテト、という言葉を聞いた瞬間に、
みんながザッと手を挙げた。
(これじゃ、見えなくても雰囲気で周りの意見に左右されてそう…)
と顔を伏せる意味を改めて考え直した私をよそに、
三年八組の出し物は満場一致でポテトに決定した。
その日の放課後、
「早速、準備進めてこーぜっ!」
と張り切った五十嵐君に押されて、教室に居残っていた私。
生徒会長の五十嵐君が隣にいてくれるおかげで、
ほとんど私が調べることはなく、五十嵐君が教えてくれるままに事が運んでいく。
「なんか、文化新星委員っていう肩書きだけもらっていて申し訳ない…」
文化新星委員の私がいなくっても大丈夫なんだろうな
と勝手に五十嵐君を頼りにしてしまっている。
「いや、いいよ。俺も、やりたくてやってるだけだから。」
いつものようにニカッと笑って答えてくる五十嵐君が本当にいい人なんだなって気づく。
「ありがとう。」
「おうよ。」
プランシートを記入しながら私の言葉にリアクションしていた五十嵐君。
着々とプランシートが埋められていくことを確認し、
そろそろ家に帰ると親に連絡しようと思っていた時、
「文化祭、懐かしいな〜」
と五十嵐君がふと口を開く。
(え、懐かしい?)
文化祭とは毎年あるもので、
懐かしいと感じる要素がどこにも見つからなかった私は首を傾げる。
そんな私に気づいたのか、
「あ、いや、文化祭自体は毎年あるんだけど、
中三の文化祭を思い出してさ。」
なるほど、高校最後の文化祭と中学校最後の文化祭をかけているのか、
と半納得する。
「まさか、高校最後も、
ゆりと晴輝と一緒に文化祭できると思わなかったけどね。」
そう言って目を細めて笑う五十嵐君に、気になって尋ねてみる。
「五十嵐君って、星宮君たちと同じ中学校だったの?」
「うん、そう。ただ、晴輝だけは中三からしか一緒じゃなかったけどね。」
「え、中三から?」
「いや、元々小学校が同じでさ、あの二人とは腐ってない腐れ縁?ってヤツかな。
で、晴輝は親の都合で、小四でハンガリーかオーストリアに引っ越して、中三で戻ってきたんだよな。
だから、一年間だけ中学校は一緒だった。」
林さんの幼馴染、という表現とは違って
腐れ縁なんて言葉を使うことに五十嵐君らしさを感じる。
「え、星宮君、海外いたの?」
五十嵐君の言葉選びなんかよりも、
初耳の情報が多すぎて頭が混乱してくる。
「うん、そうそう。
だから文化祭って聞くと帰ってきた晴輝と文化祭できて良かったなぁみたいな
思い出がなんか呼び起こされる笑。」
「そうだったんだ…。」
星宮君のこと、何にも知らないんだなって
改めて気付かされる。
毎朝一緒にいるのに、どうしても
心の距離を感じてしまうのはどうしてなのか、
私も、星宮君もお互い話していないことが多すぎる。
「下原は?」
星宮君のことで、頭がいっぱいの私に五十嵐君が声をかける。
「え、私?ずっと日本暮らしだけど。」
「いや、そこじゃなくて。文化祭、懐かしくない?」
「あ、そっちね。」
星宮君と海外の印象が強すぎて、
文化祭について話していたことをすっかり忘れてしまっていた。
文化祭、なんて聞いても
過去のことは思い出したくないし、
過ぎ去ったことを嘆いても懐かしんでも意味がない。
そう思った私は、五十嵐君に答えるべき言葉を探す。
「大学の文化祭、楽しみだなぁって思う。」
「え、大学?」
きょとんとした五十嵐君に私は続ける。
「うん。過去のものを振り返るよりも、
未来で待っている現実を見つめている方が私は好きかも。」
目の前に高校の文化祭が迫っていると言うのに、
私は次の次について考えている。
受験勉強の合間に見た、
去年の大学の文化祭のビデオ。
真っ白な半紙に
大きなつばめのような校章を描いた書道サークルの発表。
それに続く、盛大な吹奏楽部の演奏。
校舎を彩る美術部の作品。
理系の大学なのに、文化部の存在が活かされていて、
かっこいいと思った。
そして、来年の春は、
私もその一員になりたいって思った。
そんな、大学への憧れを胸に抱く私をよそに、
「へぇー。」
と私の答えに納得がいかない、とでもいうような顔をしている五十嵐君。
そんな彼にこれ以上どんな言葉をかければいいのか、
脳内辞書のキャパオーバーに巡り合った私。
五十嵐君の手元にあるプランシートが埋まっていることを確認し、
「そろそろ帰ろっか。」
と口を開く。
「あ、うん。そうだな。」
生徒会長が完全下校時間を破ってはいけない、
とでも思ったのだろうか、時計を確認した五十嵐君は帰る準備を始める。
じゃあ、また明日。そう言おうとした私に、
五十嵐君とは帰る方向が同じという現実が降りかかる。
「次、43か。それ逃したら08か…」
「そうだね、あと10分、頑張って自転車漕いだら間に合うかも。」
「ハハッ。数字だけで通じるとか、下原つえー。」
意味のわからないことを言う五十嵐君に、
はいはい、と曖昧に返事をしてバタバタと教室を飛び出す。
結局その日、
目の前で出発した電車を見送り、08を待つことになった。