三年八組の教室は廊下の突き当たりにあるが、
面談をする際には教室を移動することになっている。
先生曰く、「プライバシーを確保するため」らしい。

渡り廊下を歩き、別棟にある三者懇談会が開催される数学科準備室に着くと、
教室の前にはすでに母が待っていた。

「小谷先生、よろしくお願いします。」

面談が始まる前から緊張している母が先生に丁寧な挨拶をする。

アグレッシブな親を見慣れているのか、
私の母の姿勢に一瞬対応に迷った小谷先生はすぐに、

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

とぺこりと頭を下げた。

数学科準備室の中、
私と母はパソコンと大量の資料を挟んで、
先生と向かい合わせに座った。

「では、まず下原さんの四月の模試の成績は…」

と先生が順番に成績表を机に並べていく。
受験生になって毎月のように行う模試のせいで帰りが遅くなるから、
母には大変不評だ。
ただ、四月、五月、六月…と確実に成績を上げている私の模試の結果を見て、
まんざらでも無い様子の母を見て、少しだけかわいいなと思ってしまう。

「成績を見る限り、特に問題はないと考えられます。」

(つまり、成績以外で問題があるということ?)と疑問に思うが、
日本独特の言葉の綾なのだろう、とスルーする。

「下原さんの進学希望先は、東京にある工業大学、ということで、
お母様も了解しておられますか?」

と尋ねる先生に、

「はい、存じ上げております。」と形式ばった返事をする。

「娘は、東京に行きたい、という一点ばりでして…
その大学なら女子枠もあるとのこと、
テストの点数だけではなく総合評価が行われるということで
娘は大変気に入ったみたいです。」

ね、と私に同意を求める母の言葉を受け、

「はい、パソコン部で培った技術と経験を活かし、
総合型選抜の女子枠を利用して受験しようと考えています。」

と受験生らしい模範解答を用意する。

そうですか、と納得する先生が、
「模試の判定も、A判定が出ていますし、安定した成績が取れているので
大丈夫だと思います。では、何か確認したいことなどありませんでしたら、
本日の三者懇談会は終了させていただきます。」と言った。

(大丈夫だと思う、とかあまり言わない方がいいんじゃないかな…)

と先生の言葉に引っかかった私の隣で、

「いえ、大丈夫です。」と母が答える。

「では、ありがとうございました。」

と面談を終わらせた先生に、
ありがとうございましたと返し、
成績表をまとめてカバンに入れた。

面談が終了し、
教室の扉を開けた私を待っていたのは…

廊下の待合席に座っていた星宮君だった。

お疲れ、と声をかけてきた彼に、
「え、星宮君、次だったの?」と尋ねると、
「うん。下原さん、本当に十五分で終わったから、今ちょっとびっくりしてるけどね。」と笑った。

失念していた。

私の面談の次に誰かがいることはわかっていたけど、
名前まで確認していなかった。

(まさか、星宮君だったなんて…)

面談の次の人が誰であろうと、
関係ないって開き直ることも必要かもしれないが、
何か聞かれてないかと不安になる。

星宮君の前に立ち尽くす私に、

「お知り合い?」と母が声をかける。

「はい。同じクラスの星宮晴輝です。
下原さんの斜め前の席で、いつもお世話になっています。」

「あら、こちらこそ、ひなたがいつもお世話になっています。」

私が母に答えるよりも先に、
星宮君が挨拶をしてしまっていた。

「ひなたは家で、あまり友達のことを話さなくて心配で…」とこぼし始める母に、

「ちょっと、お母さん…」と母の言葉を遮る。

(クラスメイト、って言っただけで友達とかいうワードを使ったら引かれるよ)

と星宮君の様子を伺うと、

「そうなんですね、でもご心配には至らないかと。
下原さんはちゃんと友達、作れていますよ。」

ね、と私の方を見た星宮君は続ける。

「僕も、下原さんと仲良くさせてもらっていて…」

「星宮君っ、もうわかったからっ」

これ以上続けられては心臓が持たないと思い、
星宮君の友達アピールをやめさせる。

星宮君もちょっと言いすぎたことに気づいたのか、

「すみません。ちょっと話すぎたみたいです…
あ、僕、面談次なので失礼します。」

そう言って、彼は母に会釈した。

じゃあ、また。と私に手を振り教室に入っていく星宮君の背中を
私は見つめていることしかできなかった。

(一体、どういうつもりなんだろう…)

星宮君の仲良しアピールの意図を全く汲み取れなかった私は、
延々と考え続けていた。

そんな私の横で母は一人盛り上がっている。

星宮君っていうの、彼、いい子ねぇー。
ちゃんと挨拶もするし。ひなたと友達だってねぇ。

そんな母の言葉に、はいはい、と頷く。

急に母は足をとめ、私はどうしたの?と声をかける。

「星宮君ってさ…」

私の目をまっすぐに見つめてきた母の言葉の続きが気になって、
何?と続きを促す。

必要なのかわからない、
一呼吸おいた後で母はこう言った。

「髪の色、明るいわよね。」

「そんなの、どうでもいいよっ。」

とぶっきらぼうに答えた私に母はゲラゲラ笑っている。

(やっぱり、親子揃ってどうでもいいことに目がいくんだ。)

DNA検査なんてしなくても、
母としっかり親子なんだって私は痛感した。