「これが、私の過去。」
千絃には知っておいてほしかった風奏だった。
「話してくれてありがとな。」
優しい千絃の声が響いた。
「やっぱ、お前、馬鹿だな。とか言わないの?」
千絃のいつもと違う反応にたじろいだ。
「あ?別に馬鹿じゃねぇだろ。今のは。てか、なんでも馬鹿馬鹿言わねぇよ。」
そんなわけないでしょ、、と心の中で突っ込みながらも、風奏は今はそうじゃないと思い、千絃の言葉を待った。
「風奏のやったこと、別に間違ったことはやってねぇって思った。俺が話を聴いた限りでは、間違ったこと、してねぇと思う。、、てゆーか、風奏にとって辛いことだったんだろ?俺に話してくれたこと、感謝しねぇといけねぇなって思ったんだよ。フツーだろ。」
ぶっきらぼうに言った。
「今まで、よく頑張ったな。」
短かったけど、風奏の心を溶かすには十分だった。
風奏の目に涙が溜まったと思えば、すぐに溢れ出る。
「あれから、、私、、大好きなピアノ避けたんだ。しかも、その仇が返ってきたみたいに、最後まで、弾けなくなっちゃった。とっても怖くて、避けてたけど。でも、ピアノがあったら、どうしても弾いちゃう。けど、途中で手が止まる。、、それに、人を傷つけないように、って気をつけてる。周りに気を配るのが、本当に大変で。学校に行くのも憂鬱になった。人に会うと、喋ると、いつも思う。私はいつか、また、人を、傷つけちゃうんじゃないかって。毎日が、怖くて、辛くて、でも、この気持ちを誰かに吐くことができなくて、、。」
泣きじゃくりながら言葉を続ける風奏を千絃は優しい眼差しで見つめた。
「風奏も、、音、怖かったんだ。知らなかった。、、ごめん。」
「え、、?なんで?」
「いや、、前、酷いこと言ったし、、。」
「うんん、私が、弱いだけだから。」
弱音を吐いた風奏に鋭い視線で千絃は見つめた。
「自分をそんなに責めるんじゃねぇよ。風奏は、風奏でいいんだよ。昔も、今も。人間悪いことしねぇ奴なんて、いねぇんだから。風奏は、風奏でいいんだ。自分らしい姿でいなくちゃ、人間壊れる。風奏の生きたいように、風奏らしく過ごさねぇと。」
「、、うん。ありがと。千絃。、、私ね、千絃といる時は、ものすごく楽しいんだ。なんか、千絃といると、大丈夫だって思えるんだよね。ありがと。」
「どーいたしまして!」
口角をあげ、目を細めた。
風奏は、指をピアノに置いた。
息を吸い込む。
指を静かに動かした。
風奏はお礼にピアノを弾き始めた。
今なら、、弾ける気がした。風奏は意を決して鍵盤に指を置いたのだ。
気持ちが軽く、指も軽い。清々しい気持ちだ。ピアノの音が心地いい。
曲の半分ほど過ぎた頃、指が少しずつ重くなってきた。頭もズキズキ痛む。
突然。
歌声が聞こえてきた。
それは、力強くて、包容力のある、とても優しい声だった。
千絃だった。
指が、、動く。千絃の歌声に合わせて、簡単に軽く、動く。
そのまま、風奏のピアノはクライマックスに入った。
楽しい!、、今まで、ものすごく、辛かった。ピアノの音が怖かった。
でも、、千絃のおかげで、歌声のおかげで音の楽しさを、思い出させてくれた。風奏の心の中は、嬉しさでいっぱいになった。
風奏は千絃の歌声に助けられて、最後まで、、弾けた。
千絃に聴いてもらえた。
「風奏、、。風奏、やっぱすげぇわ。ピアノ。」
感嘆の声を上げた。
「ありがと、、。って千絃ってものすごく歌上手いんだ。知らなかった、、。すごいね!本当すごい!」
千絃の歌には、言葉に表せないくらいの、凄さがあった。綺麗で、透明感のある、人を、惹きつけるような響きが。
「だ、だから、、俺プロっつったろ?」
横を向いて言った。
「そういえば、言ってた。、、、ん?プロ?」
「そう、ちづはプロのシンガーソングライター。Chizu-ruの名前でネットで歌ってるんだ。良かったらネットで調べてみて。」
と千絃ではなく、音楽室に入ってきた律が言った。
「そうなんだ、、。え?、、、えぇぇえぇ!?そうなの?すっごい!」
たっぷり10秒くらい考え込んだ風奏は叫んだ。
「うるせぇよ。何度もプロだっつってるだろーが。」
ぶつぶつ言っている。
「ちなみに、楽器担当は俺がやってるんだ。よろしくな!」
律が明るく言った。
「すごい!!2人ともすごい!」
「そんなに?潮見さんもピアノ上手いと思うけど。」
「え?いやいや、そんなことないって。」
「ったく、りち、お前遅いんだよ。喋ってる場合じゃねぇだろ?」
と律を風奏の前から押しのけるようにして近づいた。
「あ、そうだった。英子ちゃんに許可は取ったから。英子ちゃんの家、教えるな。」
律がスマホを取り出した。
「あ!村雨くんだったんだ。ありがと。」
風奏は千絃が『あいつに頼むか、、。』と呟いていたのを思い出していた。
「俺は、、一応学校もあるし、委員会とか色々用事があるから案内できないけど、地図、スマホで送っとくよ。」
律と連絡先を交換して、地図の写真を送ってもらった。
それと、英子の連絡先も教えてもらった。
最後に律は、さりげなく
「これ、アイツの連絡先。」
とニコッと笑いながらこっそり教えてくれた。
千絃の連絡先だった。
「本当にありがとう。」
律に頭を下げた。
「千絃、今日は本当にありがとう。」
千絃にもお礼を言って音楽室を飛び出した。
律に教えてもらった英子の家に向かった。
「たぶん、、此処だ。」
姫路、と書かれた表札の下がっている綺麗な一軒家を見つけた。
深呼吸して、インターホンに手を伸ばした。
「うちになにか?」
急に後ろから声をかけられた。
中年の女の人がいた。目元が、英子にとても似ている。英子のお母さんかな、、?と思い、伝える。
「あ、えっと、、英子さんに、会いにきました。」
「英子なら部屋にいるから。どうぞ上がって。」
とにこやかに言った。
家に入りながら、
「英子の母です、よろしくね。」
と挨拶された。
「あ、潮見風奏と言います。風に奏でるで、風奏です。」
「風奏ちゃん、いいお名前ね。なんだか、風でも吹かせちゃいそうな、そんなお名前だわ。」
そう、名前を褒めたあと、木の扉の前で立ち止まった。英子の部屋に着いたようだった。
「英子、風奏ちゃんって子が来てるわよ。」
「え?」
「入るわよ。」
「あっ、ちょっ!」
英子の有無を言わせずに扉を開けた。
「じゃあ、ゆっくりしてってね。」
風奏の背中を押し、英子の部屋に入れた。そして英子のお母さんはニッコリ笑って扉を閉めた。
「英子」
風奏は呼んだ。
「ごめんなさい。私ね、、」
「座って。こんな汚い部屋だけど、、。」
英子が口を挟んだ。
「え?うんん、そんなことないよ。私の部屋の方が汚いから。」
と無造作に置かれたクッションに腰掛けながら、風奏は英子の、漫画や小説、そして、参考書がたくさん積まれた部屋を眺めた。
英子は部屋の窓際のベッドに寝転びながら参考書を読んでいた。風奏が入ってきて、慌てて参考書を置き、起き上がった。
話を切り出そうとした瞬間。
「ごめんなさい!」
いきなり英子が叫んだ。
「え、、?謝るのは、私だよ。」
「うんん、あたし。感情に任せて、つい、言っちゃったの。すぐに謝らなきゃって思ったんだけど、昨日の雨のせいで風邪引いちゃって。本当にごめんなさい。」
「そう、、そうだったんだ。私を、避けてたわけじゃ、、なかったんだね。私、英子を傷つけちゃったから、もし学校に来なかったらどうしようって。すっごく不安だった。」
「え!?そんなわけないじゃない!熱が出なけりゃ、学校に行ってすぐさま謝ろうと思ってたわよ。、、まあ、もう熱は下がったんだけど。」
「良かった、、、。あぁ、これは、英子の風邪が治って良かった。ってことね。」
「ふふ、わかってるわよ」
英子が明るく微笑んだ。
「あのさ、英子。英子に伝えたいことがあるの。」
と自分の中学時代のことを話し出した。
親友との、過去も、全て。
「そうだったの、、。なにも知らないで、ごめんなさい。本当にごめん。」
「私こそ、話してなかったんだし。またヒナみたいになって、私が傷つけて、離れちゃうんじゃないかって。怖かったの。ごめん。」
黙って英子は首を振ったあと、
「ねぇ、風奏。まだ、思い出せない?」
と静かに訊いた。
「うん、、。ごめん。」
「そっか。あたしも、話、するね。風奏はしてくれたんだし。」
「英子の?嬉しい。聴きたい!」
にこやかな表情になって英子は頷いた。
小学校の頃から勉強が得意だったあたし。特技を活かしたいと思い、勉強が必要で、活かせる職業に就きたい、と考えていた。
母親の影響で、よくテレビドラマを見ていた時だった。
あたしは、雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。
そのドラマでは、クールな女弁護士が大活躍していた。
女だからと見下されながらも、勝訴を勝ち取っていく姿。弁護人を男女関係なく平等に接する姿。そして何より、1人法廷に立ち、弁護人を弁護する姿に感銘を受けた。
「カッコイイ、、。」
魅力的に感じた。
中学に入り、一層勉強に精を出した。もちろん部活でも活躍していたし、文武両道頑張っていた。
でも、夢を語ることはできなかった。絶対反対される。目に見えてわかっていた。両親は普通に働いて、普通の家庭を築くことを望んでいる、ごく普通の人たちだから。娘には苦労しずに、それなりの高校へ行き、それなりに頑張って働き、普通の幸せを掴んでほしい、そう願っているのを知っていたから。
弁護士になる。
それは、口に出せない、夢物語だった。
あの日までは。
テスト返しの日。
「やった!」
あたしは5教科全て95点越えだった。しかも、得意な英語は100点だった。
なんであいつが?いや、絶対カンニングしてるだろ。そんな声が聞こえてきた。
そんなことを言われるなんて、心外だった。
「そんなこと、するわけ、、」
反論しようとしたけど、クラスの全員の目が、敵に見えた。
思わず口をつぐんでしまった。
その時。
「えぇ!姫路さん100点?すっごい!本当にすっごいね!なんで取れるの?あ、、もしかして、何か目指してるものがあって、そのために頑張ってるとか?夢とかのために勉強頑張ってるの?」
と勢いよく喋ってくる女子がいた。
あたしが戸惑っている間も、その女子は明るく訊いてきた。
「え!?えと、、。その、、。」
そう、声を出すと、その少女は瞳を輝かせて英子の言葉を待っていた。
「弁護士、、に、、なりたいなって、、思ってたり、、。」
少女の圧に負けて、心にしまっていた、夢を語ってしまった。
「弁護士?すっごい!すごいよ!絶対なれるよ!私、応援する!私が保証する!」
元気にそう続けた女子。
ずっとすごいすごい!絶対なれるよ!と連呼していた。
後から潮見風奏という名前だと知った。
「そう?ありがと。」
思わずそっけなく、言ってしまった。
でも、本当は、、。本当は、ものすっごく、嬉しかった。夢を、口に出せば、何故か、本当に叶えられそうだと思えた。風奏はそれを気づかせてくれた。夢に向かって立ち止まっていた、あたしの背中を押してくれた。あたしは風奏に救われた。
でも、お礼を伝えることはできなかった。両親の都合で引越しをすることになってしまったから。
いつか、会った時感謝を伝えたいと思った。
今更、なに言ってるんだ、とか思われるかも知れなかったけど、それだけあたしは救われたから。だから、伝えたかった。
中学3年の頃、思い切って両親に夢を伝えた。
両親は最初驚いたように言葉をなくしていたが、すぐに笑顔になって、『応援してる。頑張ってみなさい。』と言ってくれた。
この出来事も重なり、ますます彼女にお礼を伝えなきゃと思った。
そして、今。
高校に入学した時、同じクラスに『潮見風奏』の名前があるのを見つけた。
奇跡だと思った。
神様が、お礼を伝えるなら今だぞ、って言ってるみたいだった。
感謝を伝える時だと思った。
でも、、風奏はあたしのことを覚えていなかった。
それは、そうだよ。中学1年の頃だもん。覚えてるこっちが悪いよね。とあたしは一度諦めていた。
だけど、風奏の中学からの変わりように戸惑いを覚えていた。
いつも素直で、優しい彼女が、人目を気にして、下を向いてばかりな子になっていたから。
なんでも正直に自分の気持ちを言っていた彼女が、周りに合わせて、自分の気持ちを押し殺すようになっていたから。
あの、変わりようは、なに?なにがあったの?風奏の姿にあたしは悩んだ。
しばらく考えたのち、あたしは行動を起こした。
風奏に直接コンタクトしたのだ。
席替えで、席が前後になった。今しかないと思い、声をかけた。
風奏を変えたきっかけを探り、なにかできることはないのか。今度はあたしが風奏を助けたい。そう思ったのだ。
「最初、失恋かな?って思ったの。それか、片思い。」
「え?もしかして、だから好きな人訊こうと思ってたのに!って怒ってたんだ。」
風奏と英子が出会って間もない頃の出来事を思い出して、思わずそう口にした。
「実はそう、、。で、いないって言ったから、違うなって分かって。じゃ、次は?って考えてたんだけど。なんなのか全くわからなくて。今思えば、あたし忘れられてたんだから、あたしがいなかった中学の頃になにかあったって考えた方が良かったってことよね。」
「確かに、、。ってだからことあるごとに、これも違うとかぶつぶつ唱えてたわけね。」
「あ、聞こえてた?」
イタズラが見つかった時のように笑った。
「ありがと。私のためにいろいろ考えてくれて。でも、英子のこと、傷つけちゃって本当にごめんなさい。」
改めてお礼と謝罪をした。
「うんん。あたしの方こそ、勝手に探るような真似してごめん。そして、あたしのこと、救ってくれてありがとう。」
とお礼と謝罪を返した。
「私、なにも、英子のこと知らなかった。そして、私のこと、知ってもらおうとしなかった。知ってもらう以前に、、隠してた。だけど、これからは、英子のこと、もっと知りたい。そして、私のこと、もっと知って欲しい。」
風奏は身を乗り出して、今の思いを伝えた。
「、、うんっ!!」
少し驚いたような顔をしたあと、満面の笑みを浮かべ英子は頷いた。
千絃には知っておいてほしかった風奏だった。
「話してくれてありがとな。」
優しい千絃の声が響いた。
「やっぱ、お前、馬鹿だな。とか言わないの?」
千絃のいつもと違う反応にたじろいだ。
「あ?別に馬鹿じゃねぇだろ。今のは。てか、なんでも馬鹿馬鹿言わねぇよ。」
そんなわけないでしょ、、と心の中で突っ込みながらも、風奏は今はそうじゃないと思い、千絃の言葉を待った。
「風奏のやったこと、別に間違ったことはやってねぇって思った。俺が話を聴いた限りでは、間違ったこと、してねぇと思う。、、てゆーか、風奏にとって辛いことだったんだろ?俺に話してくれたこと、感謝しねぇといけねぇなって思ったんだよ。フツーだろ。」
ぶっきらぼうに言った。
「今まで、よく頑張ったな。」
短かったけど、風奏の心を溶かすには十分だった。
風奏の目に涙が溜まったと思えば、すぐに溢れ出る。
「あれから、、私、、大好きなピアノ避けたんだ。しかも、その仇が返ってきたみたいに、最後まで、弾けなくなっちゃった。とっても怖くて、避けてたけど。でも、ピアノがあったら、どうしても弾いちゃう。けど、途中で手が止まる。、、それに、人を傷つけないように、って気をつけてる。周りに気を配るのが、本当に大変で。学校に行くのも憂鬱になった。人に会うと、喋ると、いつも思う。私はいつか、また、人を、傷つけちゃうんじゃないかって。毎日が、怖くて、辛くて、でも、この気持ちを誰かに吐くことができなくて、、。」
泣きじゃくりながら言葉を続ける風奏を千絃は優しい眼差しで見つめた。
「風奏も、、音、怖かったんだ。知らなかった。、、ごめん。」
「え、、?なんで?」
「いや、、前、酷いこと言ったし、、。」
「うんん、私が、弱いだけだから。」
弱音を吐いた風奏に鋭い視線で千絃は見つめた。
「自分をそんなに責めるんじゃねぇよ。風奏は、風奏でいいんだよ。昔も、今も。人間悪いことしねぇ奴なんて、いねぇんだから。風奏は、風奏でいいんだ。自分らしい姿でいなくちゃ、人間壊れる。風奏の生きたいように、風奏らしく過ごさねぇと。」
「、、うん。ありがと。千絃。、、私ね、千絃といる時は、ものすごく楽しいんだ。なんか、千絃といると、大丈夫だって思えるんだよね。ありがと。」
「どーいたしまして!」
口角をあげ、目を細めた。
風奏は、指をピアノに置いた。
息を吸い込む。
指を静かに動かした。
風奏はお礼にピアノを弾き始めた。
今なら、、弾ける気がした。風奏は意を決して鍵盤に指を置いたのだ。
気持ちが軽く、指も軽い。清々しい気持ちだ。ピアノの音が心地いい。
曲の半分ほど過ぎた頃、指が少しずつ重くなってきた。頭もズキズキ痛む。
突然。
歌声が聞こえてきた。
それは、力強くて、包容力のある、とても優しい声だった。
千絃だった。
指が、、動く。千絃の歌声に合わせて、簡単に軽く、動く。
そのまま、風奏のピアノはクライマックスに入った。
楽しい!、、今まで、ものすごく、辛かった。ピアノの音が怖かった。
でも、、千絃のおかげで、歌声のおかげで音の楽しさを、思い出させてくれた。風奏の心の中は、嬉しさでいっぱいになった。
風奏は千絃の歌声に助けられて、最後まで、、弾けた。
千絃に聴いてもらえた。
「風奏、、。風奏、やっぱすげぇわ。ピアノ。」
感嘆の声を上げた。
「ありがと、、。って千絃ってものすごく歌上手いんだ。知らなかった、、。すごいね!本当すごい!」
千絃の歌には、言葉に表せないくらいの、凄さがあった。綺麗で、透明感のある、人を、惹きつけるような響きが。
「だ、だから、、俺プロっつったろ?」
横を向いて言った。
「そういえば、言ってた。、、、ん?プロ?」
「そう、ちづはプロのシンガーソングライター。Chizu-ruの名前でネットで歌ってるんだ。良かったらネットで調べてみて。」
と千絃ではなく、音楽室に入ってきた律が言った。
「そうなんだ、、。え?、、、えぇぇえぇ!?そうなの?すっごい!」
たっぷり10秒くらい考え込んだ風奏は叫んだ。
「うるせぇよ。何度もプロだっつってるだろーが。」
ぶつぶつ言っている。
「ちなみに、楽器担当は俺がやってるんだ。よろしくな!」
律が明るく言った。
「すごい!!2人ともすごい!」
「そんなに?潮見さんもピアノ上手いと思うけど。」
「え?いやいや、そんなことないって。」
「ったく、りち、お前遅いんだよ。喋ってる場合じゃねぇだろ?」
と律を風奏の前から押しのけるようにして近づいた。
「あ、そうだった。英子ちゃんに許可は取ったから。英子ちゃんの家、教えるな。」
律がスマホを取り出した。
「あ!村雨くんだったんだ。ありがと。」
風奏は千絃が『あいつに頼むか、、。』と呟いていたのを思い出していた。
「俺は、、一応学校もあるし、委員会とか色々用事があるから案内できないけど、地図、スマホで送っとくよ。」
律と連絡先を交換して、地図の写真を送ってもらった。
それと、英子の連絡先も教えてもらった。
最後に律は、さりげなく
「これ、アイツの連絡先。」
とニコッと笑いながらこっそり教えてくれた。
千絃の連絡先だった。
「本当にありがとう。」
律に頭を下げた。
「千絃、今日は本当にありがとう。」
千絃にもお礼を言って音楽室を飛び出した。
律に教えてもらった英子の家に向かった。
「たぶん、、此処だ。」
姫路、と書かれた表札の下がっている綺麗な一軒家を見つけた。
深呼吸して、インターホンに手を伸ばした。
「うちになにか?」
急に後ろから声をかけられた。
中年の女の人がいた。目元が、英子にとても似ている。英子のお母さんかな、、?と思い、伝える。
「あ、えっと、、英子さんに、会いにきました。」
「英子なら部屋にいるから。どうぞ上がって。」
とにこやかに言った。
家に入りながら、
「英子の母です、よろしくね。」
と挨拶された。
「あ、潮見風奏と言います。風に奏でるで、風奏です。」
「風奏ちゃん、いいお名前ね。なんだか、風でも吹かせちゃいそうな、そんなお名前だわ。」
そう、名前を褒めたあと、木の扉の前で立ち止まった。英子の部屋に着いたようだった。
「英子、風奏ちゃんって子が来てるわよ。」
「え?」
「入るわよ。」
「あっ、ちょっ!」
英子の有無を言わせずに扉を開けた。
「じゃあ、ゆっくりしてってね。」
風奏の背中を押し、英子の部屋に入れた。そして英子のお母さんはニッコリ笑って扉を閉めた。
「英子」
風奏は呼んだ。
「ごめんなさい。私ね、、」
「座って。こんな汚い部屋だけど、、。」
英子が口を挟んだ。
「え?うんん、そんなことないよ。私の部屋の方が汚いから。」
と無造作に置かれたクッションに腰掛けながら、風奏は英子の、漫画や小説、そして、参考書がたくさん積まれた部屋を眺めた。
英子は部屋の窓際のベッドに寝転びながら参考書を読んでいた。風奏が入ってきて、慌てて参考書を置き、起き上がった。
話を切り出そうとした瞬間。
「ごめんなさい!」
いきなり英子が叫んだ。
「え、、?謝るのは、私だよ。」
「うんん、あたし。感情に任せて、つい、言っちゃったの。すぐに謝らなきゃって思ったんだけど、昨日の雨のせいで風邪引いちゃって。本当にごめんなさい。」
「そう、、そうだったんだ。私を、避けてたわけじゃ、、なかったんだね。私、英子を傷つけちゃったから、もし学校に来なかったらどうしようって。すっごく不安だった。」
「え!?そんなわけないじゃない!熱が出なけりゃ、学校に行ってすぐさま謝ろうと思ってたわよ。、、まあ、もう熱は下がったんだけど。」
「良かった、、、。あぁ、これは、英子の風邪が治って良かった。ってことね。」
「ふふ、わかってるわよ」
英子が明るく微笑んだ。
「あのさ、英子。英子に伝えたいことがあるの。」
と自分の中学時代のことを話し出した。
親友との、過去も、全て。
「そうだったの、、。なにも知らないで、ごめんなさい。本当にごめん。」
「私こそ、話してなかったんだし。またヒナみたいになって、私が傷つけて、離れちゃうんじゃないかって。怖かったの。ごめん。」
黙って英子は首を振ったあと、
「ねぇ、風奏。まだ、思い出せない?」
と静かに訊いた。
「うん、、。ごめん。」
「そっか。あたしも、話、するね。風奏はしてくれたんだし。」
「英子の?嬉しい。聴きたい!」
にこやかな表情になって英子は頷いた。
小学校の頃から勉強が得意だったあたし。特技を活かしたいと思い、勉強が必要で、活かせる職業に就きたい、と考えていた。
母親の影響で、よくテレビドラマを見ていた時だった。
あたしは、雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。
そのドラマでは、クールな女弁護士が大活躍していた。
女だからと見下されながらも、勝訴を勝ち取っていく姿。弁護人を男女関係なく平等に接する姿。そして何より、1人法廷に立ち、弁護人を弁護する姿に感銘を受けた。
「カッコイイ、、。」
魅力的に感じた。
中学に入り、一層勉強に精を出した。もちろん部活でも活躍していたし、文武両道頑張っていた。
でも、夢を語ることはできなかった。絶対反対される。目に見えてわかっていた。両親は普通に働いて、普通の家庭を築くことを望んでいる、ごく普通の人たちだから。娘には苦労しずに、それなりの高校へ行き、それなりに頑張って働き、普通の幸せを掴んでほしい、そう願っているのを知っていたから。
弁護士になる。
それは、口に出せない、夢物語だった。
あの日までは。
テスト返しの日。
「やった!」
あたしは5教科全て95点越えだった。しかも、得意な英語は100点だった。
なんであいつが?いや、絶対カンニングしてるだろ。そんな声が聞こえてきた。
そんなことを言われるなんて、心外だった。
「そんなこと、するわけ、、」
反論しようとしたけど、クラスの全員の目が、敵に見えた。
思わず口をつぐんでしまった。
その時。
「えぇ!姫路さん100点?すっごい!本当にすっごいね!なんで取れるの?あ、、もしかして、何か目指してるものがあって、そのために頑張ってるとか?夢とかのために勉強頑張ってるの?」
と勢いよく喋ってくる女子がいた。
あたしが戸惑っている間も、その女子は明るく訊いてきた。
「え!?えと、、。その、、。」
そう、声を出すと、その少女は瞳を輝かせて英子の言葉を待っていた。
「弁護士、、に、、なりたいなって、、思ってたり、、。」
少女の圧に負けて、心にしまっていた、夢を語ってしまった。
「弁護士?すっごい!すごいよ!絶対なれるよ!私、応援する!私が保証する!」
元気にそう続けた女子。
ずっとすごいすごい!絶対なれるよ!と連呼していた。
後から潮見風奏という名前だと知った。
「そう?ありがと。」
思わずそっけなく、言ってしまった。
でも、本当は、、。本当は、ものすっごく、嬉しかった。夢を、口に出せば、何故か、本当に叶えられそうだと思えた。風奏はそれを気づかせてくれた。夢に向かって立ち止まっていた、あたしの背中を押してくれた。あたしは風奏に救われた。
でも、お礼を伝えることはできなかった。両親の都合で引越しをすることになってしまったから。
いつか、会った時感謝を伝えたいと思った。
今更、なに言ってるんだ、とか思われるかも知れなかったけど、それだけあたしは救われたから。だから、伝えたかった。
中学3年の頃、思い切って両親に夢を伝えた。
両親は最初驚いたように言葉をなくしていたが、すぐに笑顔になって、『応援してる。頑張ってみなさい。』と言ってくれた。
この出来事も重なり、ますます彼女にお礼を伝えなきゃと思った。
そして、今。
高校に入学した時、同じクラスに『潮見風奏』の名前があるのを見つけた。
奇跡だと思った。
神様が、お礼を伝えるなら今だぞ、って言ってるみたいだった。
感謝を伝える時だと思った。
でも、、風奏はあたしのことを覚えていなかった。
それは、そうだよ。中学1年の頃だもん。覚えてるこっちが悪いよね。とあたしは一度諦めていた。
だけど、風奏の中学からの変わりように戸惑いを覚えていた。
いつも素直で、優しい彼女が、人目を気にして、下を向いてばかりな子になっていたから。
なんでも正直に自分の気持ちを言っていた彼女が、周りに合わせて、自分の気持ちを押し殺すようになっていたから。
あの、変わりようは、なに?なにがあったの?風奏の姿にあたしは悩んだ。
しばらく考えたのち、あたしは行動を起こした。
風奏に直接コンタクトしたのだ。
席替えで、席が前後になった。今しかないと思い、声をかけた。
風奏を変えたきっかけを探り、なにかできることはないのか。今度はあたしが風奏を助けたい。そう思ったのだ。
「最初、失恋かな?って思ったの。それか、片思い。」
「え?もしかして、だから好きな人訊こうと思ってたのに!って怒ってたんだ。」
風奏と英子が出会って間もない頃の出来事を思い出して、思わずそう口にした。
「実はそう、、。で、いないって言ったから、違うなって分かって。じゃ、次は?って考えてたんだけど。なんなのか全くわからなくて。今思えば、あたし忘れられてたんだから、あたしがいなかった中学の頃になにかあったって考えた方が良かったってことよね。」
「確かに、、。ってだからことあるごとに、これも違うとかぶつぶつ唱えてたわけね。」
「あ、聞こえてた?」
イタズラが見つかった時のように笑った。
「ありがと。私のためにいろいろ考えてくれて。でも、英子のこと、傷つけちゃって本当にごめんなさい。」
改めてお礼と謝罪をした。
「うんん。あたしの方こそ、勝手に探るような真似してごめん。そして、あたしのこと、救ってくれてありがとう。」
とお礼と謝罪を返した。
「私、なにも、英子のこと知らなかった。そして、私のこと、知ってもらおうとしなかった。知ってもらう以前に、、隠してた。だけど、これからは、英子のこと、もっと知りたい。そして、私のこと、もっと知って欲しい。」
風奏は身を乗り出して、今の思いを伝えた。
「、、うんっ!!」
少し驚いたような顔をしたあと、満面の笑みを浮かべ英子は頷いた。