翌週。
お願いします、、赤点回避できますように、、!と心の中で祈って風奏はテスト返しに臨んだ。
「潮見」
緊張する風奏。あんなに頑張ったんだから、と自分を鼓舞する。
息を吐き、一気に解答用紙をひらく。
「えぇえ!?」
風奏の点数は、58点だった。
「すごい!風奏、頑張ったよ!ホントよ!本気で言ってるって!」
「うぅ、、私、もうちょっと取れてると思ってたんだよ、、。」
「なに言ってんの?赤点回避じゃない!」
「あ、確かに。」
そういえば、赤点回避のために勉強してたんだった。赤点ではないが衝撃的な結果を前にして忘れていた風奏。
順調にテスト返しが進んだ。
「英子はどうだったの?」
「ふっふっふ、聞いて驚かないでよ!ジャーン!」
掛け声と共に解答用紙を開いた。
「きゅ、きゅうじゅうぅ?97?すっごい!すごい!ヤバイ!英子って無茶苦茶賢かったんだね。」
すごすぎて声が裏返りながら風奏が言った。
「誰が勉強教えてあげたと思ってんの?」
と鼻を高くしながら返した。
「ご、ごめん。」
「そこ謝るところじゃないわよ!」
「ごめん。」
続けて謝るため英子は軽くため息をついた。
そのあと、頬を緩めて優しく言った。
「また、勉強教えてあげるわ。」
「ありがと。」
でも、、せっかく教えてもらったのに60点にもとどかないなんて、悲しい。と気持ちが沈んだ。
「お前何点?」
突然後ろから千絃の声が聞こえた。
「うわ!?」
慌てて解答用紙覆い被さった。
「あ、もしかして赤点?」
面白そうにニヤけながら訊く。
「そんなわけないでしょ!千絃は何点だったの?」
「どーだろーな?」
とはぐらかす千絃。
もしかして、、?と風奏はあることを思いついた。
「もしかして、千絃、赤点とったの?」
「は?そんなわけねぇだろ。お前ほど馬鹿じゃねぇよ。」
と鼻で笑うように言った。
「じゃあ、勝負しよう!点数低い方の勝ちね?」
「おーよ!望むところだぜ!」
「ふーん、やっぱり低いんだ。」
「は?」
「私、低い方が勝ちだって言ったもん。てことは、負ける自信あるってことでしょ?」
してやったりという表情の風奏。
「あ?、、、マジかよ?」
千絃は目に見えるように狼狽した。
目がウロウロと彷徨っている。
その姿に思わず噴き出した。
「チッ、、うるせぇな。お前、低い方が勝ちっつったろ?ん、、。」
と解答用紙を突き出した。
しめしめ、と思い解答用紙を受け取った風奏。
だが、次の瞬間顔が凍った。
「ご、ごじゅうきゅう?」
千絃の点数は59点だった。
開いた口が塞がらない。
たった一点。されど一点、だ。
「は?お前、58?風奏の方が低いじゃねぇか。」
チッとまた舌打ちして、
「あぁあ、、あんなこと言って損したぜ。」
「嘘、、。」
「まあ、勝ちは勝ちだぜ。風奏の勝ち。」
「う、嬉しくない。」
「あ?お前が決めたルールだろーが。」
「そ、そうだけど、、。」
俯く風奏。まさか千絃にまで負けるとは思っていなかった。と目に見えるように落ち込んだ。
「あのさ、俺が偉そうなこと言えるタチじゃねぇけど。お前、頑張ったんだろ?で、この結果。なにも落ち込むことなんてねぇだろ。」
「え?」
「まだ始まったばっかじゃねぇか。勉強しても、すぐ結果が出るわけじゃねぇのに、まず5割以上取れたこと、褒めてもいいんじゃねぇか。次があるだろ、次が。」
「うん、、確かに、、。」
風奏派何度も頷いた。
「わかったらいいんだよ。わかったら。」
やれやれ、というように軽く息をついた。
2人のやりとりを見ていた英子は律に話しかけた。
「村雨くん。藍川ってすごいやつね。風奏を笑わせてる。風奏が吹き出したの、初めて見た。」
「そうなの?」
「えぇ。声をあげて笑ったの、初めて見た。それに、風奏が落ち込んでるってわかって、前に向かせた。すごい、、。」
「だろ?」
「そこは俺もすげーだろって言うところよ。」
英子はわざと冷静な声で突っ込んだ。
「そうなの?俺のこと、すげーって思ってくれてんだ、ありがと!」
思わぬ反撃を喰らい、赤面した英子だった。


翌日の放課後。風奏と英子は突然の雨により立ち往生していた。あいにく、2人とも傘を持っていなかったため、雑談をしながら雨宿りしていた。
「英子はなんでそんなに勉強できるの?」
風奏は不思議になって訊いた。
今日、テストが全て返却された。が、風奏は全て、50点以上、70点未満だったのに対し、英子は、80点以上100点未満だったからだ。
「そんなの、、なりたいものがあるからに、決まってるでしょ!」
と、英子はいつになく怒るような声をあげた。悲しそうに風奏を見つめる。
「夢ってこと?」
英子が怒っている意味がわからなくて、風奏はそう訊くしかなかった。
「そう、中1の頃かな。その頃から勉強が得意で、100点とか余裕でとってたの。それでね、ある日、あたしのことをカンニング呼ばわりする奴がいたの。その時、ある女の子が、『すごい!なんでとれるの?本当にすごい!私なんて50点だよ。何かなりたいものがあるからそのために勉強頑張ってるの?』って勢いよく訊いてきて、思わず、
『弁護士、に、なりたいなって、思ってたり、、。』って心の中で思ってたことを初めてポロッと言っちゃったの。内心バカじゃないのって言われると思ってた。なれるわけない、ただの、夢物語だって、、。」
「その子、なんて言ったの?」
一瞬悲しそうに目を伏せた後、英子は続けた。
「その子、もっと目を輝かせてね。『すっごい!無茶苦茶カッコイイ!なれるよ!姫路さんならなれるよ!私が保証する!』って言ったの。嬉しかった。たぶん、その子が言ってくれなかったら、今のあたしはいない。」
嬉しそうに、目を細めて言った。
「へぇ、私も思うよ。英子なら、絶対なれる。応援してるよ!無茶苦茶賢いし、優しいし、私が、、、。」
いきなり。頭をガツンと殴られたような痛みが走った。
息が詰まる。苦しい。頭が重い。視界がボヤける。
「ごめん、今の、忘れて、、。」
小さく呟いた。
「え?」
「ごめん。ホントに。、、忘れて。お願いだから。忘れて。」
「風奏?、、ねぇ、風奏!どうしたの?」
風奏の異変に気づいたのか何度も風奏を呼ぶ。
「どうも、してない、、。大丈夫、だから。お願い、さっきの、忘れて。」
息も途切れ途切れに言った。
「嘘、、。これだけ、言っても、思い出してくれない?ねぇ、、風奏。あたしだよ?姫路、、英子。」
懇願するように風奏に訴える。目には涙を浮かべて。
「えっと、、?ごめん。なんのこと?」
訳がわからなくて、戸惑い気味に言った。
それに、、頭がガンガンうるさく、耳が聞こえづらい。
けど、英子が息を呑む姿は目に入った。
「風奏、やっぱり、どうしちゃったの?昔の風奏、そんなんじゃなかった。明るく、いつも笑顔で、楽しそうで、なんでも褒めてくれる。大丈夫って励ましてくれる、、そんな、、」
「やめて!!」
風奏は叫んだ。
一歩、英子が身を引いた。
「やめて、、。」
もう一度、呟いた。
「どうして、思い出してくれないの?」
と英子は小さく呟き、走り出した。まだ雨も止んでいないのに、傘もささず、走って行った。
風奏は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
追いかけようとした。けど、できなかった。怖くて、足が動かなかったから。
たぶん、英子は、昔の知り合い。でも、私は、忘れてる、、。風奏は記憶を辿ったが、全く覚えていなかった。中学の記憶は風奏にはなかった。忘れたい、消し去りたい記憶のせいで。
やっと、風奏の足が動いた。
少しずつ気持ちが落ち着き、自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに風奏は気づいた。
ちゃんと、謝ろう。絶対に、明日。謝ろう。と、心に誓った。

しかし、翌日、英子は学校に来なかった。