それから、弦矢が来たところで3人は帰ることにした。弦矢の委員会の仕事が長引き、弦矢の小説談義を聴くほど時間がなかった。
「残念だったね。ヒナちゃん。弦矢の話聴けなくて。」
「え!俺の話楽しみにしてくれてたのか?結構嬉しいんだけど!」
「は?そんなわけないでしょ?」
「でも、じゃあなんで待ってくれてたんだよ?」
「そ、、それは、、。」
言い返せない妃詩。
2人が笑いだす。
その笑い声に赤面する妃詩。
「もう、」
二人に、言い返そうとした時だった。
「葛木妃詩」
あの男子だった。
「俺について来い。」
校門のところで仁王立ちしている。
思わず、妃詩は半歩後ずさる。
逃げたい、、。
制服の袖を、握りしめる。
爪が皮膚にあたり、痛い。
その、痛さで我に帰った。
逃げたい、、。けど、逃げたら、ダメだ、、。
自分に言い聞かせ、懸命に気持ちを抑える。
一度、大きく息を吸う。
一歩、その男子に近づく。
目線を、上げる。
「、、行く。行きます。風奏に、会いに行きます。」
そう、男子に伝えた。
帰らないといけない、時間がない、とかそういう問題じゃない。絶対に、今すぐに風奏に会いにいかないと。そう妃詩は決意した。
一瞬、驚いたように、目を見開いた。
が、すぐにもとの表情に戻り、
「あ?当たり前だ。お前を連れてくために、俺は此処に来てんだからな。」
怒ったように言った。
けれど、次には
「、、ありがとう。」
消え入るような声で、そう言った。
「え?」
妃詩には聞き取れず、聞き返す。
「、、別になんでもねぇよ。」
表情を緩め、そう答えた。
「俺は、、藍川、藍川千絃だ。」
静かにその男子、藍川千絃はそう名乗った。


電車を乗り継ぎ、妃詩の故郷の町についた。
「悪いな。ここまで来てもらって。」
千絃が前を向いたままそう言った。
「いや。全然、、。」
なんと言えばいいかわからなくて小さく呟いた。
「後ろの2人も悪いな。」
「いえいえ全然!私たち勝手についてきただけだから。ね、ゲンくん!」
「あぁ。勝手についてきただけだ。気にすんな。」
「、、そうかよ。」
後ろについて歩く弦矢と少女を一瞥し、また前を向く。
「此処だ。」
しばらく歩くとカフェを指さした。
Mai’s cafe と書かれていた。
「此処、、。え?」
思わず戸惑いの声を上げた。
そのカフェにはclosedの看板が掛かっていたから。
「安心しろ。この店、俺の知り合いの店で。店は閉まってるけど、入っても大丈夫だ。中に風奏がいる。」
「そう、、なんだ、、。」
妃詩はまた、半歩後ずさった。
でも、すぐに一歩踏み出す。
もう、、逃げたくない、、。
そう、心の中で呟いた。
「じゃ、ヒナちゃん、私たち、外で時間潰しとくから。」
「え?」
「部外者が入るのは申し訳ないからな。」
紗楽と弦矢はにこやかに手を振っている。
「、、そっか。ありがとう。2人とも。」
2人は優しく微笑んだ。
カフェに入ると、すぐに、わかった。
ラフな格好で身を包んだ、少女がいた。
風奏だ。
中学校の頃と、変わっていない。
3年以上経ってるけど、風奏は、風奏だ。
「風奏、、。」
小さな声で、妃詩は呼んだ。
「ヒナ、、。」
風奏も、呟き返す。
「風奏、、ごめん。ごめんなさい。」
妃詩は勢いよく頭を下げた。
「ヒナ!頭、上げて!」
大きな声で叫んだ。
「え、、?」
怒ってないの、、?
妃詩の心の中は、疑問でいっぱいになった。
戸惑いながら、頭を上げた。
瞬間。
風奏は、妃詩を抱きしめた。
「ふ、風奏?」
風奏の温もりを感じられた。
それによって、妃詩は自分が抱きしめられていることに気づいた。
何故か目に涙がたまる。
「ごめんね、、。ヒナ。私、ヒナのこと全然分かってなかった。傷つけちゃって、ごめんね。」
風奏は静かにそう言った。
「え、、!?なに言ってるの?私が、全部、悪いんだよ?風奏は、なにも悪くないよ。私が、全部悪いの。一方的に、むしゃくしゃした心を風奏に吐いちゃったんだよ?思ってもいないことをぶつけちゃったんだよ?」
慌てて妃詩が反論する。
「違う、、。私が、ヒナの、気持ちを、知らなかっただけで。私の言葉で、ヒナを傷つけちゃったんだよ。ヒナは、なにも悪くない。」
「うんん、私が、風奏を、傷つけたんだよ?親友じゃないって、言ったり、目の前で、、階段から飛び降りたり。いろんなことして、傷つけた。」
「全然、私は気にしてない!全部、わたしのせいだもん。私が、ヒナを、追い詰めちゃったんだよ。」
「違う!私が、私自身が、弱かったから、ああしないと、生きていけなかったの。弱かった、私自身が、悪いの。風奏はなにも、悪くない。だって、、今でも風奏は、私の憧れなんだもん。」
お互いは、知らず知らずのうちに、心の声を吐き出していた。
「風奏は、今でも、大好きな親友だよ。」
「ヒナは、今でも、大好きな親友だよ。」
2人の声が重なった。
ハッとしたように2人して見つめ合ったあと、お互いに、吹き出した。
抱擁から解放され、思いっきり笑った。
「ふ、、ふふ、ふふふ!」
「く、、はは、あはは!」
「私たち、お互いに、罪悪感抱いてたんだね。」
「うん、、ありがとう。風奏。」
「え?なんで?」
「会いたいって言ってくれなきゃ、私、こうやって、会いに来れなかった。仲直り?するのが、できなかった。、、こうやって、笑って、解決できるって、思ってなかった。本当に、、ありがとう、、。」
最後の方になるにつれ、涙声になりながら妃詩は風奏に礼を言った。
「うんん、会えてよかった。会いにきてくれて、ありがとう。本当は私がいくべきだったんだけど、会いにいけなくて、ごめんね。」
「なに言ってるの。私が全部悪いんだから。」
「まだ、言ってる。」
2人は見つめ合って、また吹き出した。
大粒の涙を流しながら、でも、表情は明るく、笑顔で満ちていた。
「「ありがとう。」」
2人は、いつの間にかそう言っていた。
どちらからともなく、抱き合っていた。


2人は、今までの話を思う存分話した。
風奏が聴きたいと言ったからだった。
行っている高校、住んでるところ。趣味。好きなこと、得意なこと。今まであった出来事。全て話した。
時間は、あっという間に過ぎた。
「あ!友達、待たせてるんだった。」
「そうだったんだ。ごめん、引き留めちゃって。」
「うんん、楽しかったし。じゃ、また、来るね。」
「ありがとう。ヒナ。あ!私も、友達、紹介したいから、次は、ゆっくりできる時に。」
「、、うん!」
笑顔で頷いた。
そして、2人は別れた。
外では、千絃が待っていた。
「ありがとう。」
今度は、妃詩に聞こえるような声の大きさだった。
「こちらこそ、ありがとう。」
素直に、お礼を言った。
「、、おう。」
面食らったようにした後、ニヤリと笑った。
「じゃ。」
と言って、千絃はカフェの中に入っていった。
「あれ?2人はどこにいるんだろ?」
連絡を取ろうと思い、スマホを取り出して、歩き始めた時だった。
「キャ!?」
後ろから、誰かにぶつかられた。
「あれ?葛木じゃん!どうしたのこんなとこで?」
ぶつかられた際に、スマホを落としてしまった。地面に落ちて、画面が割れた。
慌てて拾う。
男子2人が、妃詩に近づく。
「死ななかったの?死のうとしてたのに。」
妃詩の腕を掴む。
「のうのうと生きてんじゃん!特になにも取り柄がないのにな。」
「そうそう、ただ、生きてるだけの平凡人がな。」
「じゃな。なんにもできねぇ、死にたくても、死ねなかった、葛木さん?」
腕を離し、2人は笑いながら去っていた。
男子2人は、妃詩の中学校の同級生だった。
妃詩の、秘密を知っている、、人物たちだった。
私の、、生きる意味、、。
私の、、生きる価値、、。
後悔の殻を、人に手伝ってもらわないと破けない、こんな私に、あるの?
あれだけ、消えたいと願い続けたのに、今も生きている。こんな私に、、。
掴まれていた、腕をその力以上に握りしめた。
本当に、私は、許されていい人間?
あんなに、ひどいことをしたのに、のうのうと、生きていて、いい、人間なの?
心の中は黒い感情でいっぱいになった。
足が、ある方向へ、向いていた。
妃詩は、橋の上に来た。
身を、乗り出す。
体に風があたる。
息を吸い込む。
目を閉じる。
手を離そうとする。
突然。
強い力で腕を掴まれた。
「え、、?」
「なに、やってんだよ?」
怒りを滲ませた声を発した。
弦矢だった。
「ヒナちゃん!」
紗楽が泣きながら抱きついてきた。
「お前、今、なにしようとしてたか、わかってんのか?」
弦矢が本気で、怒っている。
「ヒナちゃん!なんで、私の元から、離れようとするの?もう、、やめて、、。自分から、人生を捨てないで。」
「ごめん、、なさい、、。」
下を向いた。
2人の必死さで、自分が今、なにをしようとしていたかを自覚した。
「行こう。」
優しく、腕を掴み、弦矢が妃詩を立たせる。
妃詩を挟むように2人が端を歩く。
川原についた。
3人で並んで座った。
「なにがあったの?」
紗楽は静かに問うた。
「、、実は、」
妃詩は、さっきの出来事を話した。
「本当に、私って、生きてていいのかなって、また、思っちゃったんだよね。そんなこと、思っちゃ悲しむ人がいるって、わかってるのに、、。でも、また、やっちゃった。もう、しないって決めてたのに。家族のために、もうちょっと、頑張ろうって思ってたのに。」
「それって、、。」
言いにくそうに、紗楽が言葉を詰まらせた。
「うん、、。」
妃詩は長袖の制服をめくった。
腕にはいく筋もの傷跡が残っていた。
どれも古いものだった。が、はっきりと残ってしまっている。
「実は、両親が離婚したの。風奏とのことじゃないんだ。あの後、私が、これを、繰り返したからなんだよね。あと、学校で噂になってるのとか。本当は、これが全部原因。先生が漏らしちゃって、私がこの行為を続けてるっていうこと。」
「そうだったの、、。」
「うん。なんで始めたのか、わからない。気づいたらこんなになってた。中学卒業まで、ずっとしてた。もう、やらないって本当に決めてたんだけどな。、、けど、ふと、私って生きていていいの?って、思っちゃう時がある。」
胸の内を妃詩は告白した。
「、、ねぇ、ヒナちゃん。私の話、聞いてくれる?」
「え、、?うん。」
唐突にそう言った紗楽に頷く。
「私の大切な人との話。」


私の大切な人、私の兄は、私が中学生の頃、亡くなった。本当に大好きな、お兄ちゃんだった。
両親が、共働きで遊び相手がいなかった私は、いつもお兄ちゃんに遊んでもらっていた。私の面倒をよく見てくれるし、お母さんを手伝い、家事もこなせる。本当にすごいお兄ちゃんだった。
でも、ある日、お兄ちゃんが、倒れた。
お医者さんは、治る方法がない病気だと話した。もって、2年だ。と。
私が、小学校4年生の頃だった。お兄ちゃんは中学3年生だった。
私は、お兄ちゃんが、病気だと、信じられなかった。あんなにかっこいいお兄ちゃんが、病気になるなんてありえないと思った。
でも、日に日に弱っていくお兄ちゃんを見て、すごく悲しくなった。
私が、知ってるお兄ちゃんじゃなかった。
かっこいい、お兄ちゃんじゃ、なかった。
だんだん、病院に行く足が遠のいた。
でも、ある日、母親に連れられ、会いにいったら、別人のようなお兄ちゃんがいた。
もう、余命いくばくもないはずのお兄ちゃんが、生き生きとした表情で、笑ってた。
優しくて、明るくて、面白くて、カッコイイ。そんないつものお兄ちゃんがいた。
生きようと、踏ん張っている、お兄ちゃんを見て、本当に、尊敬した。
生きることを、諦めていない、生きる希望を、捨てていない、お兄ちゃんがいた。
それから、私はお見舞いにあまり来なかったことを謝り、その分、お兄ちゃんと過ごす時間を増やした。お見舞いに行くたび、自分の病気と向き合って、なにか、生きる方法がないか。と、懸命に探すお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんは生きれる、そう思っていた。
でも、それから2年後、空へ旅立った。
お兄ちゃんは、全力で自分の人生を全うした。
最後まで、一生懸命お兄ちゃんらしく生き抜いた。
最後まで、私の大好きな、カッコイイお兄ちゃんだった。
余命2年もない。
と宣告されてから、4年以上生き抜いた。
私は、お兄ちゃんのその姿を見て、生きる力を肌で感じた。私も、お兄ちゃんのように、人生を全うしたいと思った。
だから、無闇に人を傷つけたりする人が、大っ嫌いで、ちょっとした陰口を聞くと、思わず、『なんでそんなこと言うの?』とか注意してしまう。
それで、結構変人扱いされている。
彼らは、口に出すことで、自分の負の感情を外に出していて、確かに彼らには必要なことかもしれない。
でも、みんなに生きてほしいから。
その、なに気ない一言で、人は、いとも簡単にこの世界からいなくなってしまうから。
そういう人は、許せない。
私の応援していたアーティストが、ネットの誹謗中傷で、命を落とした。周りの人々による、声が耐えられなかったようだった。
大きな衝撃を受けた。
確かに、逃げたくなる時は、あるし、誰でも、もう、いなくなりたいって思う時があると思う。自分で、命を断つことも、ある意味一つの生き方、なのかもしれない。
けど、、私は、みんなに少しでも、生きていてほしい。
だって、、この世界から、いなくなったら、、もう戻ることができないんだよ?
自分の好きなことが、できなくなっちゃうんだよ?
大切な人にも、会えなくなっちゃうんだよ?
そんなの、、あまりにも、悲しすぎるよ。
私は、悲しい。
私は、自分が生き切った。って思える瞬間まで、生きることを諦めたくない。もし、ダメだったとしても、生きようと頑張ったんだから、後悔はないって思えるような生き方をしたい。
お兄ちゃんの生き方から、生きることの尊さを教えてもらった。
アーティストさんの出来事から、どう、私は生きればいいのか、考えるきっかけを与えてくれた。
私は生きることを、諦めない。
周りの人々にも、諦めてほしくない。
無闇に自分の命を軽く見たり、相手を無闇に傷つけたりしてほしくない。
だから、私は、生きる。人生を、生き切る。
そう決意した。


「ヒナちゃんの、詩。私の心に響いたんだよね。お兄ちゃんが、幸せだったよ。って言ってくれてるみたいで。ほんとは、ちょっとだけ不安だったんだ。私のために、無理してあんなふうに接してくれていたのかなって思って、私がお兄ちゃんの生き方を縛っちゃってたんじゃないかって不安だった。けど、、お兄ちゃんは、幸せだったんだって思えて安心した。そしたら、自然と涙が出てきちゃったんだ。」
妃詩の視線の先には、今も涙ぐんで言う紗楽の姿があった。
「そっか、、。そうだったんだ、、。なにも、考えずに、、私、、。ごめん。」
「、、大丈夫だよ。ヒナちゃん。、、でも、もう、、生きること、捨てないでね?」
「うん、、。わかった。」
決意を込めて妃詩はそう言った。
「、、私は、ヒナちゃんに、救われたんだよ?大丈夫!自信持って!」
少し自信のない妃詩の表情を感じてか、そう紗楽が妃詩に向けて言葉を発した。
「わ、私の詩で、紗楽の心、ちょっと救えたんだ。よかった、、。」
安心したように、妃詩の表情が緩くなった。
「ちょっとどころじゃないよ。本当に、すっごく助けてもらった。だからね、そんな子と、友達になりたいと思ったんだ。友達になれて本当に嬉しかったよ!」
歯を見せて笑った。
心の底から、喜んでいるように見えた。
「あのさ、俺も。話していいか?」
今まで黙っていた弦矢が口を開いた。
「え?、、うん、、。」
いつか、少女が言っていた、弦矢が元気がなかった頃、の話だろうか、と妃詩は想像した。
弦矢は息を吸い、妃詩には想像もつかなかったことを言った。
「俺も昔、妃詩と同じように、命を断とうとしたんだ。」