翌日。
「ヒナちゃん!昨日はどうだった?」
とニコニコしながら紗楽が訊いてきた。
「いや、別に、、。あいつが、諦めの悪いやつ、ってことはわかった。」
「でしょでしょ?ゲンくんって、ほんとに諦めるってことを知らないやつでさ。すごいポジティブなんだよね。」
「そうなんだ、、。」
弦矢に捕まってしまったということは、、。
ブルっと身震いをする妃詩だった。
「でも、、一時期、暗い時期があってさ。私も、力になりたかったんだけど、私も色々あって、話とか聞いてあげられなくて、、。」
言葉を濁す紗楽。表情もいつもと違って硬い。
なにがあったの?と訊けない妃詩がいた。まだ、人と関わるのが、怖い、妃詩がいた。
思わず制服の袖を強く握りしめた。
なんで、もっと、、。
一歩が踏み出せないことに悔しい妃詩だった。
「でも、今は私たち、大丈夫だから、安心してね!」
いつも通り、紗楽は歯を見せて笑った。
「う、うん、、。」
屈託のない表情に妃詩は安堵した。
「あ!妃詩!」
弦矢の元気な声が聞こえた。明るく笑って妃詩に近づいてくる。
「げ、、。」
「ひ、ヒナちゃん、すごい顔になってるよ。」
紗楽が呆れて言う。
「だって、、。」
眉間に皺を寄せながら、妃詩が言い返す。
「ちょっと、ゲンくん。」
見かねた紗楽が弦矢に声をかける。
「なに?どうかしたのか?」
「ヒナちゃんが、喋りに来るなら、誰もいない放課後に教室でして。ってさ。」
「、、え!?ちょ、ちょっと!そんなこと一言も」
「オッケー!了解!また放課後!」
と弦矢は、妃詩の声などお構いなしに元気よく敬礼して自席に戻っていった。
「ちょっと、、紗楽。なに言ってるの?」
紗楽に向かって妃詩が詰め寄る。
「へへ、ヒナちゃんの心の中を代弁しただけ。」
ニヤニヤしながら言う。
「そんなこと、思ってないよ!」
「ほんとかな〜?、、でも、私が言わなかったら、ずっと喋りにきてたと思うけど?」
「、、、た、確かに。」
「でしょ?それに、悪いやつではないから。ただ、ちょっと変なやつなだけ。」
「、、ねぇ。一緒にいてよ。」
懇願する妃詩。
「うーん。そうだなぁ、、。来週なら、いいよ。」
「なんで?来週なんて待ってられないよ。」
「練習がオフの日、月曜日しかないんだよ。」
「、、そっか。」
残念そうに言う妃詩。
「でも、ヒナちゃん、雰囲気変わったよね。最初、私のこと、信用してなかったのに、今では頼りにしてくれるし。」
「え?!」
思ってもみなかったことを言われ、驚いて声をあげる。
「やっぱり、私の人柄のおかげかな?」
「え?」
「あれ?違うかった?」
明るく微笑む紗楽。
そんな紗楽を見つめ、妃詩は思った。
紗楽が、明るく振る舞ってくれるから、自然と自分も明るくなったのかもしれない。紗楽が、すごくよく接してくれるから、自然と、心の鎖が、苦しかった鎖が解けてきているのかもしれない、、。傷つけたと思ったのに、彼女は平気で、逆に、明るさをくれた。本当に、紗楽には感謝しきれない、、。と。
「どうしたの?」
不思議そうに紗楽が首を傾げる。
「あ、、うんん。、、紗楽、ありがと。」
首を振ってそう言った。
「え、、?」
驚いたように目を見開いたが、すぐに
「どういたしまして!」
と歯を見せて笑った。
屈託のない、いつもの笑顔だった。
「あ、あのさ、思ったんだけど、紗楽とあいつって、小学校から一緒って言ってたよね?すごく仲良いんだね。」
妃詩は、急に自分の言葉が恥ずかしく思えてきて話を逸らした。
「うん。家が近所でさ。お互いちっちゃい頃から知ってる。なんていうの?幼馴染?」
「そうなんだ、、。」
妃詩はまた、あの少女のことを思い出した。
「どうしたの?顔色悪いよ。」
「、、え?、、あ、大丈夫。」
あの子のことを考えていたから、、かな、、。妃詩の心に後悔が渦巻いた。
紗楽があの子に似ているから、余計に、思い出されてしまう。
「本当に大丈夫?」
心配して、紗楽が妃詩の顔を覗き込む。
「う、うん。」
妃詩はできるだけ明るい声を出した。
「なら、、いいけど。」
紗楽は微笑んだ。
放課後。
「じゃ、頑張ってね!」
と紗楽は元気に教室を出ていった。
妃詩は窓際の席を横目で見る。
弦矢が待ちに待っていたかのように、目を輝かせて妃詩を見ていた。
「うわ、、。」
思わず本音が出る妃詩。
なんで、こんなにも自分の周りには明るい人ばかりがいるんだろうか、、。
誰ともなく心の中で問いかけた。
「妃詩、詩以外にも、文学は興味ないのか?」
教室が誰もいなくなってから、弦矢はそう問いかけた。
「うん、文学よりも、音楽の方が好きなんだよね。、、正直言うと。」
ポツリとつぶやいた。
「そうか、、。でも、詩だって音楽みたいなもんだと思うけど。歌にだって歌詞っていう詩があるん、、だし、、。」
「ん、、?」
なにか考えるように言葉を詰まらせる弦矢に目を向ける。
「あぁ。そうか、妃詩の詩は、歌詞になにか通じるものがあるから、悲しい雰囲気になるのかもしれないな、、。音楽的な詩、と言えばいいのか?」
ぶつぶつとつぶやく。そして何度も頷いている。
「音楽は誰が好きなんだ?」
突然話題を振ってきた。
「え?、、えっと、、。ルイス・ハワードっていう、外国人なんだけど。」
「え!?まじか!俺、知ってる!」
「ほ、ホントに?」
驚いて少し声が大きくなる。
「あぁ、walking in the night の歌詞が最高すぎるんだよな。あと、over the dark も優しい歌詞と良いメロディが最高、、。あ!そういうことか、、。ルイスの詩の影響か。妃詩の詩は。問いかけをするとことか、悲しさを隠してるようで直球なとことかさ。」
またもや一人で頷いている。
「え、、っと、、?さっきからなにぶつぶつ言ってんの?」
呆れたように訊く。
「妃詩の詩は、ルイスの影響を受けて、哀しくて、最高な詩になってるんだ、ってことだよ。つまり、歌詞に向いてる詩を描けるってことだ。」
「はぁ、、。」
いきなり歌詞に向いている、とか言われて曖昧に頷く。
「でも、哀しいのは、ルイスの影響だけじゃない気がするんだよな、、。まぁその哀しさが、妃詩の詩のいいところなんだけどな。」
妃詩に笑いかけた。
「そ、そうなんだ、、。」
たかが授業で描いただけの詩なのに、一生懸命になって考える弦矢の姿に妃詩は何故か目が離せなかった。
「ところで、この人の詩、すごいから、読んでみな。」
と妃詩に一冊の本を差し出した。
「なにこれ?」
「詩集だ。」
「うん、それはわかってる。でもなんで私に?」
「おすすめだから、妃詩に読んでほしいなって思ってさ。」
「、、これを読んで、私に創作熱をあげさせようとか言う魂胆じゃないよね?」
疑わしそうに妃詩が訊く。
「は?どこまでお前、人のこと疑うんだよ。いい加減信用しろよ。」
笑いながら言う。
「で、でも、会ってまだ数日じゃん。」
慌てて言い訳をする。
「まぁな。ホントにすげぇ人なんだって。読まないと人生損するぜ。」
「、、読んでみるよ、、。」
詩集に視線を落とし答えた。
「うんうん、、。これで妃詩がさっき自分で言ったように創作熱を上げてくれたらいいんだけどな、、。」
ニヤリと笑いながら言った。
「や、やっぱり、そういう魂胆だったの?」
「違うって。妃詩に言われて気付いたんだから。」
弦矢は真面目な顔してそう言った。
本当にそんな魂胆で渡したわけじゃないようだ。
黙って鞄に詩集を入れた。
「ついでに、この推理小説も面白いから、紹介してやるよ!」
と弦矢は鞄から分厚い本を取り出した。
「な、なにその本!?分厚過ぎでしょ!!何ページあんの?」
「ん?えぇと、800くらい。」
さらっとすごい数字を答える。
「は、はっぴゃく?ほ、ホントに?」
「あぁ、しかも2段。」
とページをパラパラとめくってみせた。
「なに、その本?」
驚きを超え、呆れながら訊く。
「だから、推理小説だよ。紹介してやるって言っただろ?」
「いっつもそんな長い本読んでるわけ?よく読めるね。やばいよ。普通に。」
「いや、いつも、ってわけじゃねぇよ。このシリーズはページ数が多くてさ。いつも600ページは普通に超えてる。シリーズが進むにつれて700ページとか普通だぜ。毎回読むの大変だけど、その分達成感が半端ねぇんだよ。」
「へぇ、、。」
「800ページ読んだやつしかわかんねぇ達成感っていうの?すげぇんだよ。なんか、今、生きてるなぁ、生きててよかったなぁって感じるんだよ。無茶苦茶楽しい。」
心底読書が楽しいというように目を細めながらその本を見つめた。
「本、大好きなんだね。」
本好きの熱意が伝わってきて、妃詩は圧倒された。
熱く語る弦矢の姿に、憧れのような感情を抱いた。
羨ましい、、。けど、私には、手に入らないもの。だって、、。
「でさ!あらすじだけでも聴いてくれよ!」
弦矢が明るく妃詩に訴えかけた。
「え?、、あ、、うん。」
思わずその場の勢いで頷いてしまった。
「探偵役が、不思議な人でな。本職は古本屋で、副業で、、、」
弦矢が話す、文学の世界に、妃詩は自然と引き込まれていった。
夢中になって、弦矢の話を聴く、妃詩がいた。
物語にどんどん入り込む感覚がした妃詩だった。
弦矢の小説の話が終わった頃。
「ヒナちゃーん!」
と教室に紗楽が入ってきた。
「紗楽!どうしたの?」
「外、雨降ってきたから、練習切り上げになったの。だから、様子見にきたんだ!」
元気にそう言った。
その声を聞き、窓を見ると、大粒の雨が窓を打ちつけていた。
「気づかなかった、、。」
「それだけ、ゲンくんとの話に夢中だったんだね。」
ニヤニヤして妃詩に耳打ちする紗楽。
「、、、。」
妃詩はなにも言い返せない。
「よう!紗楽、今、この本の話をしてたんだ。」
ニコニコしながら本を手に取った。
「相変わらず分厚いの読むよね、、。」
紗楽も呆れ気味に答えた。
「ところでさ、2人とも、もう帰る?一緒に帰りたいな、って思って。」
「え!もうこんな時間じゃん!帰らなきゃ。」
慌てて鞄を持つ妃詩。
「じゃあ、俺も帰ろ。」
と弦矢も腰を上げたので、3人で帰ることになった。
廊下を3人で並んで歩く。
今思えば、3人で歩くのはこれが初めてかもしれない、、。と妃詩は考えながら歩いていた。
幸い、雨は小雨になっていた。
妃詩は弦矢に貸してもらった本が濡れるといけないと思い、傘をさした。
3人が他愛もない話をしながら、校門を通り抜けようとした時だった。
「おい、、。」
妃詩は肩を上下させて声のした方に目を向ける。
「おい、、。お前、葛木妃詩だよな。」
他校の制服を着た、すらっと佇む男子がいた。全身が雨で濡れている。長い前髪から雫がいくつも地面に落ちる。その間から見える鋭い眼光が印象的だった。
開口一番から、名指しされる。
「、、誰?」
かろうじてそれだけ言えた。
「俺に、、ついてこい。」
妃詩に近づく。
「な、なんで?」
「ちょっと!いきなりなに?ヒナちゃんをどこに連れて行こうとしてるの?」
紗楽が男子に訊いた。
「チッ」
舌打ちの音が聞こえた。
「急いでんだ。黙ってついてこい。」
「だから、何処に?」
「お前じゃねぇよ。、、葛木妃詩。お前だよ。」
鋭い目で睨む。
「、、。」
その目にすくむ妃詩。
「俺は深海弦矢。君は?」
弦矢が2人の間に入る。そして明るく柔らかな表情で訊く。
その男子は弦矢を見上げた後、俯いた。
「フウカ、、。」
男子が小さく呟いた。
「、、フウカに、会ってくれ。」
弱々しくそう続けた。
「え、、?」
突然言葉が、弱くなったのと、あの子の名前が出てきたので、虚を突かれた。
「フウカ、、フウカって、潮見、風奏?」
弦矢を少し押し除けるように男子の前に立った。
「あぁ。そうだ。会ってくれ。」
必死に妃詩に訴えかけた。
「、、無理。」
言葉を懸命に搾り出した。
「はぁ?、、なんでだよ?風奏が、会いたいっつってんだよ。会ってくれ。」
「、、ごめんなさい。本当に、許してください。本当に、ごめんなさい。」
必死になって妃詩は頭を下げた。
「、、また、、来る。」
そう呟いた。
「え、、?」
思わず下げ続けていた頭を上げた。
「風奏に、伝えてくれないんですか?」
背を向けた男子に問いかける。
「、、そういうのは、、自分で伝えるもんだろーが!」
男子は振り向いて叫んだ。
「直接、言わねぇと、想いは届かねぇんだよ。自分で、ちゃんと、伝えろ。、、、そうしないと絶対後悔する。、、時間はまだ、あるはずだからな。」
妃詩に伝える、というより、自分自身に叫んでいるような言葉だった。
今度こそ背をむけ、去っていった。
「なんなの?あいつ、、。」
その男子の後ろ姿に向け、紗楽がつぶやいた。
「、、妃詩の知り合い、では、ないんだよな?」
「うん、、。でも、、風奏は、知ってる。」
制服の袖を握りしめる。
今が、、話す時、なのかな、、?2人には、知って欲しい。2人なら、話しても、、。
心の中で決意し、妃詩は勢いよく顔をあげ、こう言った。
「私の、話、聴いて。」
2人は突然のことで面食らっていたが、互いに目を合わせ、同時に頷いた。
「私の、心の中にある、深い深い、後悔の話。全部、、全部私が悪い話。」
「ヒナちゃん!昨日はどうだった?」
とニコニコしながら紗楽が訊いてきた。
「いや、別に、、。あいつが、諦めの悪いやつ、ってことはわかった。」
「でしょでしょ?ゲンくんって、ほんとに諦めるってことを知らないやつでさ。すごいポジティブなんだよね。」
「そうなんだ、、。」
弦矢に捕まってしまったということは、、。
ブルっと身震いをする妃詩だった。
「でも、、一時期、暗い時期があってさ。私も、力になりたかったんだけど、私も色々あって、話とか聞いてあげられなくて、、。」
言葉を濁す紗楽。表情もいつもと違って硬い。
なにがあったの?と訊けない妃詩がいた。まだ、人と関わるのが、怖い、妃詩がいた。
思わず制服の袖を強く握りしめた。
なんで、もっと、、。
一歩が踏み出せないことに悔しい妃詩だった。
「でも、今は私たち、大丈夫だから、安心してね!」
いつも通り、紗楽は歯を見せて笑った。
「う、うん、、。」
屈託のない表情に妃詩は安堵した。
「あ!妃詩!」
弦矢の元気な声が聞こえた。明るく笑って妃詩に近づいてくる。
「げ、、。」
「ひ、ヒナちゃん、すごい顔になってるよ。」
紗楽が呆れて言う。
「だって、、。」
眉間に皺を寄せながら、妃詩が言い返す。
「ちょっと、ゲンくん。」
見かねた紗楽が弦矢に声をかける。
「なに?どうかしたのか?」
「ヒナちゃんが、喋りに来るなら、誰もいない放課後に教室でして。ってさ。」
「、、え!?ちょ、ちょっと!そんなこと一言も」
「オッケー!了解!また放課後!」
と弦矢は、妃詩の声などお構いなしに元気よく敬礼して自席に戻っていった。
「ちょっと、、紗楽。なに言ってるの?」
紗楽に向かって妃詩が詰め寄る。
「へへ、ヒナちゃんの心の中を代弁しただけ。」
ニヤニヤしながら言う。
「そんなこと、思ってないよ!」
「ほんとかな〜?、、でも、私が言わなかったら、ずっと喋りにきてたと思うけど?」
「、、、た、確かに。」
「でしょ?それに、悪いやつではないから。ただ、ちょっと変なやつなだけ。」
「、、ねぇ。一緒にいてよ。」
懇願する妃詩。
「うーん。そうだなぁ、、。来週なら、いいよ。」
「なんで?来週なんて待ってられないよ。」
「練習がオフの日、月曜日しかないんだよ。」
「、、そっか。」
残念そうに言う妃詩。
「でも、ヒナちゃん、雰囲気変わったよね。最初、私のこと、信用してなかったのに、今では頼りにしてくれるし。」
「え?!」
思ってもみなかったことを言われ、驚いて声をあげる。
「やっぱり、私の人柄のおかげかな?」
「え?」
「あれ?違うかった?」
明るく微笑む紗楽。
そんな紗楽を見つめ、妃詩は思った。
紗楽が、明るく振る舞ってくれるから、自然と自分も明るくなったのかもしれない。紗楽が、すごくよく接してくれるから、自然と、心の鎖が、苦しかった鎖が解けてきているのかもしれない、、。傷つけたと思ったのに、彼女は平気で、逆に、明るさをくれた。本当に、紗楽には感謝しきれない、、。と。
「どうしたの?」
不思議そうに紗楽が首を傾げる。
「あ、、うんん。、、紗楽、ありがと。」
首を振ってそう言った。
「え、、?」
驚いたように目を見開いたが、すぐに
「どういたしまして!」
と歯を見せて笑った。
屈託のない、いつもの笑顔だった。
「あ、あのさ、思ったんだけど、紗楽とあいつって、小学校から一緒って言ってたよね?すごく仲良いんだね。」
妃詩は、急に自分の言葉が恥ずかしく思えてきて話を逸らした。
「うん。家が近所でさ。お互いちっちゃい頃から知ってる。なんていうの?幼馴染?」
「そうなんだ、、。」
妃詩はまた、あの少女のことを思い出した。
「どうしたの?顔色悪いよ。」
「、、え?、、あ、大丈夫。」
あの子のことを考えていたから、、かな、、。妃詩の心に後悔が渦巻いた。
紗楽があの子に似ているから、余計に、思い出されてしまう。
「本当に大丈夫?」
心配して、紗楽が妃詩の顔を覗き込む。
「う、うん。」
妃詩はできるだけ明るい声を出した。
「なら、、いいけど。」
紗楽は微笑んだ。
放課後。
「じゃ、頑張ってね!」
と紗楽は元気に教室を出ていった。
妃詩は窓際の席を横目で見る。
弦矢が待ちに待っていたかのように、目を輝かせて妃詩を見ていた。
「うわ、、。」
思わず本音が出る妃詩。
なんで、こんなにも自分の周りには明るい人ばかりがいるんだろうか、、。
誰ともなく心の中で問いかけた。
「妃詩、詩以外にも、文学は興味ないのか?」
教室が誰もいなくなってから、弦矢はそう問いかけた。
「うん、文学よりも、音楽の方が好きなんだよね。、、正直言うと。」
ポツリとつぶやいた。
「そうか、、。でも、詩だって音楽みたいなもんだと思うけど。歌にだって歌詞っていう詩があるん、、だし、、。」
「ん、、?」
なにか考えるように言葉を詰まらせる弦矢に目を向ける。
「あぁ。そうか、妃詩の詩は、歌詞になにか通じるものがあるから、悲しい雰囲気になるのかもしれないな、、。音楽的な詩、と言えばいいのか?」
ぶつぶつとつぶやく。そして何度も頷いている。
「音楽は誰が好きなんだ?」
突然話題を振ってきた。
「え?、、えっと、、。ルイス・ハワードっていう、外国人なんだけど。」
「え!?まじか!俺、知ってる!」
「ほ、ホントに?」
驚いて少し声が大きくなる。
「あぁ、walking in the night の歌詞が最高すぎるんだよな。あと、over the dark も優しい歌詞と良いメロディが最高、、。あ!そういうことか、、。ルイスの詩の影響か。妃詩の詩は。問いかけをするとことか、悲しさを隠してるようで直球なとことかさ。」
またもや一人で頷いている。
「え、、っと、、?さっきからなにぶつぶつ言ってんの?」
呆れたように訊く。
「妃詩の詩は、ルイスの影響を受けて、哀しくて、最高な詩になってるんだ、ってことだよ。つまり、歌詞に向いてる詩を描けるってことだ。」
「はぁ、、。」
いきなり歌詞に向いている、とか言われて曖昧に頷く。
「でも、哀しいのは、ルイスの影響だけじゃない気がするんだよな、、。まぁその哀しさが、妃詩の詩のいいところなんだけどな。」
妃詩に笑いかけた。
「そ、そうなんだ、、。」
たかが授業で描いただけの詩なのに、一生懸命になって考える弦矢の姿に妃詩は何故か目が離せなかった。
「ところで、この人の詩、すごいから、読んでみな。」
と妃詩に一冊の本を差し出した。
「なにこれ?」
「詩集だ。」
「うん、それはわかってる。でもなんで私に?」
「おすすめだから、妃詩に読んでほしいなって思ってさ。」
「、、これを読んで、私に創作熱をあげさせようとか言う魂胆じゃないよね?」
疑わしそうに妃詩が訊く。
「は?どこまでお前、人のこと疑うんだよ。いい加減信用しろよ。」
笑いながら言う。
「で、でも、会ってまだ数日じゃん。」
慌てて言い訳をする。
「まぁな。ホントにすげぇ人なんだって。読まないと人生損するぜ。」
「、、読んでみるよ、、。」
詩集に視線を落とし答えた。
「うんうん、、。これで妃詩がさっき自分で言ったように創作熱を上げてくれたらいいんだけどな、、。」
ニヤリと笑いながら言った。
「や、やっぱり、そういう魂胆だったの?」
「違うって。妃詩に言われて気付いたんだから。」
弦矢は真面目な顔してそう言った。
本当にそんな魂胆で渡したわけじゃないようだ。
黙って鞄に詩集を入れた。
「ついでに、この推理小説も面白いから、紹介してやるよ!」
と弦矢は鞄から分厚い本を取り出した。
「な、なにその本!?分厚過ぎでしょ!!何ページあんの?」
「ん?えぇと、800くらい。」
さらっとすごい数字を答える。
「は、はっぴゃく?ほ、ホントに?」
「あぁ、しかも2段。」
とページをパラパラとめくってみせた。
「なに、その本?」
驚きを超え、呆れながら訊く。
「だから、推理小説だよ。紹介してやるって言っただろ?」
「いっつもそんな長い本読んでるわけ?よく読めるね。やばいよ。普通に。」
「いや、いつも、ってわけじゃねぇよ。このシリーズはページ数が多くてさ。いつも600ページは普通に超えてる。シリーズが進むにつれて700ページとか普通だぜ。毎回読むの大変だけど、その分達成感が半端ねぇんだよ。」
「へぇ、、。」
「800ページ読んだやつしかわかんねぇ達成感っていうの?すげぇんだよ。なんか、今、生きてるなぁ、生きててよかったなぁって感じるんだよ。無茶苦茶楽しい。」
心底読書が楽しいというように目を細めながらその本を見つめた。
「本、大好きなんだね。」
本好きの熱意が伝わってきて、妃詩は圧倒された。
熱く語る弦矢の姿に、憧れのような感情を抱いた。
羨ましい、、。けど、私には、手に入らないもの。だって、、。
「でさ!あらすじだけでも聴いてくれよ!」
弦矢が明るく妃詩に訴えかけた。
「え?、、あ、、うん。」
思わずその場の勢いで頷いてしまった。
「探偵役が、不思議な人でな。本職は古本屋で、副業で、、、」
弦矢が話す、文学の世界に、妃詩は自然と引き込まれていった。
夢中になって、弦矢の話を聴く、妃詩がいた。
物語にどんどん入り込む感覚がした妃詩だった。
弦矢の小説の話が終わった頃。
「ヒナちゃーん!」
と教室に紗楽が入ってきた。
「紗楽!どうしたの?」
「外、雨降ってきたから、練習切り上げになったの。だから、様子見にきたんだ!」
元気にそう言った。
その声を聞き、窓を見ると、大粒の雨が窓を打ちつけていた。
「気づかなかった、、。」
「それだけ、ゲンくんとの話に夢中だったんだね。」
ニヤニヤして妃詩に耳打ちする紗楽。
「、、、。」
妃詩はなにも言い返せない。
「よう!紗楽、今、この本の話をしてたんだ。」
ニコニコしながら本を手に取った。
「相変わらず分厚いの読むよね、、。」
紗楽も呆れ気味に答えた。
「ところでさ、2人とも、もう帰る?一緒に帰りたいな、って思って。」
「え!もうこんな時間じゃん!帰らなきゃ。」
慌てて鞄を持つ妃詩。
「じゃあ、俺も帰ろ。」
と弦矢も腰を上げたので、3人で帰ることになった。
廊下を3人で並んで歩く。
今思えば、3人で歩くのはこれが初めてかもしれない、、。と妃詩は考えながら歩いていた。
幸い、雨は小雨になっていた。
妃詩は弦矢に貸してもらった本が濡れるといけないと思い、傘をさした。
3人が他愛もない話をしながら、校門を通り抜けようとした時だった。
「おい、、。」
妃詩は肩を上下させて声のした方に目を向ける。
「おい、、。お前、葛木妃詩だよな。」
他校の制服を着た、すらっと佇む男子がいた。全身が雨で濡れている。長い前髪から雫がいくつも地面に落ちる。その間から見える鋭い眼光が印象的だった。
開口一番から、名指しされる。
「、、誰?」
かろうじてそれだけ言えた。
「俺に、、ついてこい。」
妃詩に近づく。
「な、なんで?」
「ちょっと!いきなりなに?ヒナちゃんをどこに連れて行こうとしてるの?」
紗楽が男子に訊いた。
「チッ」
舌打ちの音が聞こえた。
「急いでんだ。黙ってついてこい。」
「だから、何処に?」
「お前じゃねぇよ。、、葛木妃詩。お前だよ。」
鋭い目で睨む。
「、、。」
その目にすくむ妃詩。
「俺は深海弦矢。君は?」
弦矢が2人の間に入る。そして明るく柔らかな表情で訊く。
その男子は弦矢を見上げた後、俯いた。
「フウカ、、。」
男子が小さく呟いた。
「、、フウカに、会ってくれ。」
弱々しくそう続けた。
「え、、?」
突然言葉が、弱くなったのと、あの子の名前が出てきたので、虚を突かれた。
「フウカ、、フウカって、潮見、風奏?」
弦矢を少し押し除けるように男子の前に立った。
「あぁ。そうだ。会ってくれ。」
必死に妃詩に訴えかけた。
「、、無理。」
言葉を懸命に搾り出した。
「はぁ?、、なんでだよ?風奏が、会いたいっつってんだよ。会ってくれ。」
「、、ごめんなさい。本当に、許してください。本当に、ごめんなさい。」
必死になって妃詩は頭を下げた。
「、、また、、来る。」
そう呟いた。
「え、、?」
思わず下げ続けていた頭を上げた。
「風奏に、伝えてくれないんですか?」
背を向けた男子に問いかける。
「、、そういうのは、、自分で伝えるもんだろーが!」
男子は振り向いて叫んだ。
「直接、言わねぇと、想いは届かねぇんだよ。自分で、ちゃんと、伝えろ。、、、そうしないと絶対後悔する。、、時間はまだ、あるはずだからな。」
妃詩に伝える、というより、自分自身に叫んでいるような言葉だった。
今度こそ背をむけ、去っていった。
「なんなの?あいつ、、。」
その男子の後ろ姿に向け、紗楽がつぶやいた。
「、、妃詩の知り合い、では、ないんだよな?」
「うん、、。でも、、風奏は、知ってる。」
制服の袖を握りしめる。
今が、、話す時、なのかな、、?2人には、知って欲しい。2人なら、話しても、、。
心の中で決意し、妃詩は勢いよく顔をあげ、こう言った。
「私の、話、聴いて。」
2人は突然のことで面食らっていたが、互いに目を合わせ、同時に頷いた。
「私の、心の中にある、深い深い、後悔の話。全部、、全部私が悪い話。」