数日後。
昼休みになり、妃詩は鞄からコンビニで買ったおにぎりを取り出した。
紗楽も妃詩の机にお弁当を置いた。
紗楽とはまあまあ、それなりに上手く付き合えていた。紗楽は、明るく妃詩と接するため、妃詩は心を少しずつだが自然と許していっていた。
「すごい、、美味しそう。」
思わず妃詩はつぶやいた。
「ふふっ、お母さんの手作りなんだ。毎日作ってくれるから感謝しなきゃって思う。」
「そうなんだ。」
昔の友達も美味しそうなお弁当を持ってきていたな、、。
妃詩は昔のことを思い出した。
「最近暑くなってきたよね。温暖化が進んできてるよ。」
紗楽がひたいの汗を拭う。
「私汗っかきだからさ。暑いのは嫌い。」
明るく歯を見せて笑う。
紗楽は半袖でいかにも涼しそうな格好だが、汗が滲んでいる。何度も額をタオルで拭いている。
「たしかに、最近暑いね。」
ふう、、。と小さく息を吐く。
妃詩は長袖の裾で額の汗を拭く。長袖はどうにも蒸れて汗ばむ。
やはり、数人の生徒はもうこの季節になると半袖を着ている。
しかし、妃詩は半袖を着るつもりはなかった。
だって、、。
「よ!久しぶり!」
横から声がした。
この声は、、。
「私に近づくなって言ったよね?」
怒りを押し殺した声で妃詩は言った。
あの、文芸部に入らないか、と誘ってきた男子だ。
「俺は、お前と喋りたい。だから近づいてる。」
「はぁ?私は喋りたくない。」
「紗楽と喋ってるじゃん。なんで俺だけ近づくなって言うんだよ。」
「紗楽は、勝手に、、なんか、、。」
「ちょっとヒナちゃん、勝手にってなに?」
「じ、事実じゃん、、。」
紗楽に向かって言う。
「まあそうだね。」
「もう、いいから出てってよ!」
妃詩はそう言い放った。
と、二人はキョトンとした顔になった。
「いや、俺、此処のクラスだけど、、。」
「、、、え?」
妃詩の顔が驚きで歪む。
「もしかして、知らなかったの?」
紗楽も驚きを隠せない。
「う、、うん。」
「こんな目立たない、私の名前がわからないのはとにかく、、。こんな、ばかでかい身長で、見ようとしなくても、目に自然と入ってしまうゲンくんを知らなかったなんて、、。」
逆に感心してしまっている紗楽。
「は?俺のことどう思ってんだよ?」
「ま、、まぁ事実じゃん。」
「確かに、それはそうだ。」
紗楽の言葉に納得する男子。
「ってか、ホントに?もう3年生になって2ヶ月以上経つのに?俺のことわかんなかった?」
妃詩に訊く。
「うん、、。い、いや。私、人と関わりたくないの、、。だから、人の名前とか、見ないし。あと、いつも下向いて歩いてるし、、。」
言い訳をするように妃詩は腕を触る。制服の柔らかい布が触れる。
「「そっか、、。」」
その一言だけで2人はなにも追求してこなかった。
「だ、だったらわかるよね?私と関わらないで。関われば、アンタに変な目が向く。私は人に迷惑をかけてまで人と関わりたくない。」
「、、お前の言い分はわかった。」
「なら」
「無理だ。」
妃詩の声に被せてそう言った。
「俺は、お前のことが知りたい。なんであんな、、。」
一瞬ものすごく悲しそうな顔をした。
「え?」
「また、放課後、会いにくるから。そこで話そう。」
ニヤッといたずらっ子のように笑った。
「俺は深海弦矢(ふかみげんや)。此処、3年A組。よろしくな!じゃ!」
と言い残し去っていった。
「えぇぇえ、、。」
悲鳴をあげる。
「ゲンくんって結構、諦め悪いから、覚悟しといたほうがいいよ。」
「え!?、、紗楽、、一緒にいて、、。」
「、、頑張りたまえ、妃詩くん!」
いつも通り歯を見せて笑った。
「えぇぇええ、、。」
妃詩の悲しい悲鳴が教室に響いた。


放課後。
それなりに話を合わせて、早々に帰らせてもらおう、、。
妃詩は心の中でつぶやいた。
「げ、、。」
弦矢が扉側の席に座って妃詩を見つめている。
内心あわよくば隙を見て逃げようと思っていたのだ。妃詩の考えは甘かったようだ。
先手を打たれた妃詩だった。
「ほら、ゲンくんは諦めの悪いやつだって言ったでしょ?」
紗楽が笑いかけながら言った。
「うん、、。」
項垂れる妃詩を横目に、紗楽は軽く手を振って、
「じゃ、私部活があるから。また明日!」
ニヤニヤと笑いながら出て行った。
紗楽はバスケ部だ。最後の夏の大会に向けて練習が忙しい。
「ハァ、、。」
仕方がない。付き合ってあげるか、、。乗り気ではない雰囲気を出しながら、妃詩は弦矢に近づいた。
「話、するだけだから。終わったら帰るから。」
訊きたいこともあるし、、。話をするだけだ。と自分に言い聞かせて妃詩は弦矢に声をかけた。
人と関わりたくて、関わってるんじゃない。決してそうじゃない。
そう心の中で、言い訳をした。
「ホントか?ありがとう!えっと、、。」
「ん?」
「いや、、なんて呼んだらいいんだ?」
少し俯いて弦矢が訊いた。
「別になんでもいいけど。葛木と、、か、、」
妃詩は言葉を途切らせた。
そして、弦矢に聴こえないように、ため息を吐き、
「妃詩、でもいいけど。」
横を向きながら答えた。
「ホントか?ありがとう!妃詩!」
「うう、、。」
負けてしまった妃詩だった。
葛木とか?と言おうとした時の弦矢の落胆の仕様に妃詩は負けた。
その代わり、妃詩でもいいと答えた時の弦矢の嬉しそうな顔は、ものすごかった。
妃詩は一生忘れないだろうなと感じたくらいに。
「で?なに?」
「え?」
「え?じゃないよ。話そうとか言ってきたのあんただからね。」
「あ、そうだったな。」
呑気そうに返事した。
「は?用がないなら帰るよ。私。」
妃詩は鞄を持って廊下に出ようとした。
「いや、ちょ、ちょっと待って。ごめんごめん。帰らないで。人もいないしちょうどいいだろ?」
扉の前に慌てて立ち妃詩の進路を塞ぐ。
「で。話って。」
妃詩は黙って弦矢の隣の席に座る。
「なぜ、妃詩を文芸部にいれたいかって言うと、単刀直入に言うと、、文芸部の存続の危機なんだ。」
「ふーん。どうりで有名じゃないんだ。」
「部員が俺しかいない。」
「それは大変だね。」
軽く相槌を打つが心がこもっていない返答だ。
「真剣に聞けよ。」
突っ込む弦矢。
「聞いてるよ。文芸部ってあったけ?って思ってたから、今納得したって感じてたよ。」 
「、、まぁ、文芸部の存在は空気くらい薄い。認知度も低い。たぶん、このクラスで知ってるやつは半分に満たないと思う。」
「うーん。紗楽とあんただけじゃない?」
「、、否定はできない、、。まぁ、それは置いといて。」
突然、ふざけた調子で喋っていた弦矢の雰囲気が変わった。
「そんな時、妃詩の『詩』を見たんだ。」
真っ直ぐな眼差しで妃詩を見つめる。
その瞳に少し圧倒されながらも、妃詩は聞き返す。
「私の、、『うた』?」
「あぁ。この前の国語の授業で、あっただろ?自分なりに詩を詠んでみようって。その時の妃詩の詩が俺に響いたんだ。」
「あんたと交流してないよね?」
不思議そうに訊く。
「勝手に盗み見た。」
「は?」
「妃詩のだけ、先生がいない間に読んだ。」
平然とした様子でサラリと告白する。
「へぇ、、。」
「変なものでも見るような目で俺を見るんじゃねぇよ!」
「だって、盗み見るなんて、、。しかも私のだけ。」
「、、ごめん。でも、紗楽が泣くほどだったからさ、、。気になったんだよ。俺、結構いい詩描いたと思ってたんだけど、妃詩の方がすごかったよ。」
「、、あ!?あんたって、フカミって名前だったよね?詩の発表してたっけ?すごいんだね。盗み見してるくせに。、、全然聞いてなかってけど。」
フカミ、という生徒が詩の発表をしていたのを思い出した妃詩だった。
あれは、弦矢だったのか、と今さらながらに思う妃詩。
「一応文芸部だしな。てか、ちゃんと聞いとけよ。」
呆れたように軽く息をつく弦矢。
「なんで、こんなに哀しい詩が描けるんだろうって、思った。哀しい詩以外にも、色々な情景で描いたら、もっと、いい詩が描けると思うんだよな、、。」
夢でも見るようにうっとりとした表情で弦矢がつぶやいた。
「だから、」
「勝手に決めつけないで、、。」
妃詩は俯き、弦矢の声に被せた。
「え、、?」
「文芸部の存続のためでしょ。あくまでも。で、あんたが、人の力を磨きたいだけでしょ?磨いて人を大成させたいだけ。全部自己満足じゃん。私はあんたの都合のいい、詩がうまくかける、磨けば光る、そう思われてるただの石。私の詩?そんなのまぐれだよ。もっとかける?わからないじゃん。描けないよ。詩を描く資格なんてないよ、こんな私には。私のこと、なんにも知らないのに、私よりも知ったような口きいて、勝手に私のこと決めつけないで!」
思わず思ったこと全てを吐き出した。
そして、教室を飛び出した。
「待てよ!」
弦矢がすぐに追いつき、妃詩の手を掴む。
あぁ、、。足がこんなんじゃなかったら、逃げ切れたのに、心底嫌になる、、。唇を噛みながら妃詩は俯いた。
「俺は、目の前にある、すごい作品を目の前にして、もっと知りてぇって思ったんだ。たしかに、それが自己満足になっちまうのかもしんねぇ。けど、知りてぇって気持ちは、偽もんじゃねぇよ。妃詩のことをもっと知って、妃詩の心の底にあるものを、見てみたい。それだけだ。あと、、妃詩自身のためにも、、言ってる。」
弦矢は口調荒く、はっきり一言一言、妃詩に伝えるように訴えた。
それだけ、弦矢は必死だった。
「なんでそんなに、、私にこだわるわけ、、?」
妃詩は言葉を絞り出した。
本当に訊きたいのは、どうして、私なのか、だ、、。どうして、こんな私に、、。
妃詩は、心の中で訴えた。
「妃詩の詩に、衝撃を受けたから。妃詩の詩には、すごいものがあるから、、。」
真っ直ぐに妃詩を見つめた。
俯いて妃詩は一ミリも動かない。
そんな妃詩を心配してか、弦矢は、
「これじゃ、理由になってないか、、?」
と自嘲気味に呟いた。
「うんん、、。要するに、、私の詩に、、感動してくれたって、ことだよね?」
妃詩は小さく言った。
「うん。そうだ。」
大きく弦矢が頷いた。
「そっか、、。ありがと。こんな、私のなんでもない詩に感動してくれて。、、でも、もう描けないと思う。自分の気持ちを、絞り出した詩、だから。もう、描くことなくなっちゃったよ。それに、詩ってよくわからないし、、。」
「そうか、、。考えてくれてありがとう。残念だな。、、でもまぁ、俺は諦めてないし。気長に待たせてもらうよ。」
弦矢がニヤリと笑った。
「は?」
「いつか、描きたくなる日が来るかもしれないだろ?」
目を細めて柔らかな表情で言った。
「、、、期待はしないほうがいいよ。」
諦めの悪さに心底呆れながら、妃詩は答えた。
でも、本当に、弦矢は諦めてはくれないだろうとな、、。と直感した妃詩だった。